MR56 作曲・編曲家・川口 真さんとLP「小さな人生」


 さて、天地真理さんのLP「小さな人生」は全12曲で、筒美京平作品は8曲、他4曲は川口真(かわぐち まこと)さんの作曲です。LP「小さな人生」のトップバッター、「一枚の写真」は、冒頭の高らかなイントロが、なかなか慣れない感じですが、幼馴染の男の子を想う女性の淡い心情を、美しい旋律で表現しています。真理さんの静かできれいなファルセット、見事です。

 このように筒美京平作品を考えながらも、LP「小さな人生」の各曲を聴いていると、川口真作品も気になるところです。

  LP小さな人生-川口真作品

  エヴァ氏 天地真理 ☆ 京都でひとり

  御存じ、「京都でひとり」は、1975年4月1日発売のシングル「愛のアルバム」のカップリングです。山上路夫さんの作詩、文学的で大人の雰囲気十分の名曲ですね。

   Mari in London

     ロンドンにて (佐藤秀和氏 FaceBook”ギャラリー・真理んSnow”から)

 川口真さんは、Wikipediaによると、1937年(昭和12年)11月5日、兵庫県神戸市生まれ、岡山県育ちとのこと。東京芸術大学音楽学部・作曲科を中退しましたが、芸大在学中からピアニスト、CM音楽の作曲、レコード音楽の編曲などの活動を始めました。
 1963年、ベンチャーズが作曲した「二人の銀座」(歌:和泉雅子・山内賢)のアレンジを担当。また、「北国の青い空」などベンチャーズ作曲作品のアレンジを担当されました。

 1969年に「人形の家」(弘田三枝子)で作曲家としてデビューすると、翌1970年「手紙」(由紀さおり)をヒットさせ、「真夏のあらし」(西郷輝彦)で第12回日本レコード大賞作曲賞を受賞しました。他に、布施明の「積み木の部屋」、金井克子による「他人の関係」、ウルトラマンシリーズのテーマソングなどを作曲し、当時話題となりました。
 現在は日本作曲家協会顧問、日本作編曲家協会理事を務めていらっしゃいます。

  弘田三枝子 「人形の家」 第11回レコード大賞歌唱賞 1969

  由紀さおり 「 手 紙 」 第12回レコード大賞歌唱賞 1970

 上の二曲は、小生が小学校高学年~中学1年生のころで、子供だとテレビを見る時間が長かったのか、歌番組が多かったのか、良く覚えています。 天地真理さんの全盛期、中三~高校生だった私でしたが、真理さんを慕う私より若い世代(太田忠さん、ヒロ師匠、広島のピアニスト・エリーナさんら)が少なくないのは、このような事情があるのかも知れません。

・LP小さな人生第4曲 『海辺に誘われて・・・・』 作詩:山口洋子,作曲・編曲 川口真

 「あなたのまえでは 泣かなかったわ/そのぶん涙と思い出を/スーツケースにつめこんで/わたしはひとり 旅に出る」
・・・恋にやぶれ傷心した若き女性の一人旅です。行き先は、京都かパリか・・・、越前海岸か、はたまた伊豆半島の温泉地の瀟洒な海岸でしょうか?真理さんのファルセットは、何と言ったらいいか、「透き通る」美しさですね。

 「ああいまごろは あの海辺/恋に疲れた耳もとに/ふたりで過ごした 夏の日の/やさしい波の音がする」
・・・「ああ・・」の高く美しく感情を込めたファルセット。 真理さんは歌がいまいちと言った一般大衆が、良くわかりません。その後、二番、三番と歌い、なつかしい海辺を想い、「後悔しません」、「恋を忘れ あたらしく 旅立ちます」と言い切ります。

・同第9曲 「ひとりぼっちのデート」 同じく、作詩:山口洋子,作曲・編曲 川口真

   天地真理 ☆ ひとりぼっちのデート

 こちらは、やけに可愛いはずかしがりやの御嬢さんの歌です。街に出て、ひとりでお茶を飲んでいても、あなたを想い愛しているので、あなたとデートしているのと同じなの、という歌ですね。可愛い白雪姫にピッタリです。

 「あゝくもりガラス 小指でイニシャルかいて/ひとりぼっちのさびしさ うずめているのよ/ほんと 今 あなた 愛してるの」

 最後の文字を置いていく作詩は、山口洋子さんの代表作「よこはま・たそがれ/五木ひろし」(1971)を思い出します。山口洋子さんの作詞家としての大活躍は、天地真理さんの全盛期と重なっていました。
 山口洋子さんは、他に真理さんの13枚目のシングル(LP小さな人生にも納める)で、安井かずみさんと共作で作詩し、筒美京平作曲の「A面 さよならこんにちは/B面 明日また」のおしゃれな歌詞を上梓しています。
 山口洋子さんは、銀座のクラブ経営で成功した方、とかく楽しく華やかに歌うことが大好きな声楽家・天地真理さんから、若い女性の大人の可愛らしさを引き出そうとしているように見えます。


MR13 島崎今日子著『安井かずみがいた時代』,集英社,2013年2月から


 偶然にも熱心なファンの皆さんの投稿動画を視聴して天地真理さんを再発見し、あらためて、多くは初めて、復刻版やプレミアボックスのCDで珠玉の歌々を聴き、熱心な方々のブログやFM軽井沢の冠番組のリクエストを聴いていると・・・・やはり、公式HPに書き込む方があったように、天地真理さんの本がほとんど無いのに気づきます。真理さんは娘さんやファンに愛され「ひとりじゃないの」ですが、「わたしの本がないの・・・」は、真意は不明ですがかつて自身のファンについて語られたと言われる「私のファンって、ナヨナヨした人が多いのよね。」よりは重要なことかなと思うのですが、真理さんいかがでしょうか(爆笑)。

      安井かずみがいた時代

 昨年出版された、「島崎今日子著、『安井かずみがいた時代』集英社、2013年2月28日出版」は、381ページの単行本で、婦人画報に2010年~2012年に連載された原稿に書き下ろしを加えたものとのこと。
この本は、安井かずみさんの写真(白黒)、代表的な作品(作詩すなわち歌詞)をちりばめ、当時の関係者へのインタビューを基調とした、時代の息吹を感じる好著です。

 この中では、安井かずみの生い立ち、作詞家としてのデビュー、遊び友達のコシノジュンコと加賀まりこ、作曲家の平尾昌晃、ムッシュかまやつ、沢田研二、吉田拓郎、オースタン順子(実妹)、渡邊美佐(渡辺プロ名誉会長)など、華やかな交遊関係や歌謡界の関係者の証言がキラキラと光を放つように綴られています。本の後半は、最愛の夫「加藤和彦」との幸せな、そして愛するゆえに深く他方を束縛する夫婦生活が、周囲の方々の感想を含めて語られる。有島武郎の「惜しみなく愛は奪う」の実践版のようなお話しと言えるかもしれません。

       加藤和彦安井かずみ


 安井かずみさんは経済的に恵まれた家の出身でしたが、早くから作詞家として自立し、生涯に約4000曲の作詞をされ、33冊の著書を執筆したハードワーカーでした。このため、新進気鋭の作詞家としてのデビューと台頭、その後の大御所となる豪勢な生き様がありました。

 なお、この本では「天地真理」の名前が、小柳ルミ子、南沙織、アグネスチャン、辺見マリなどとともに何回も扱われているのが、正直うれしいですね。

例えば、このように・・・

・わたしの城下町  平尾昌晃  pp.23~37
「音楽は、さまざまなアートの中で最も色濃く時代を反映させるジャンルである。安井かずみが作詞家として活躍し始めた1960年代半ばは、日本が高度成長期をひた走り、音楽シーンも新しい世代の台頭によって様変わりしようという時期であった。『恋のしずく』、『わたしの城下町』、『あたなだけでいい』など数々の名曲を誕生させることとなる平尾昌晃と安井のコラボレーションは、まさに若く、新しい才能の出会いだった。」(p.23)

「小柳は、絣(かすり)のワンピース姿で歌った『わたしの城下町』一曲でスターになり、二つ年下の南沙織、一つ年上の天地真理と新三人娘として人気を博していく。歌番組が華やかなりし頃、平尾・安井のコンビの曲は次々発表された。ジュリーこと沢田研二の『あなただけでいい』、アグネス・チャンの『草原の輝き』、『星に願いを』・・・(pp.34-35)

・片想い  伊藤ゆかり 中尾エミ 園まり  pp.38~54
「1960年代後半のグループサウンズ・ブームを経て、フォーク、ロックが台頭、歌謡ポップスの世界でも1971年にデビューした三人の女性歌手によって新しい三人娘が誕生した。小柳ルミ子に、アイドル1号と呼ばれた南沙織と、アイドルの時代を決定づけた天地真理。安井は、小柳に『私の城下町』を、天地真理には『ちいさな恋』を書いて、ヒットさせている。」(p.51)

(注1)「ちいさな恋」・・・・天地真理オリコン初一位曲
ちいさな恋(1972.2.5)作詩:安井かずみ,作曲:浜口庫之助
編曲:馬飼野俊一,天地真理セカンドシングル,CBS SONY
復刻版 2nd Album CD,2013.4.10. Sony Music Direct (Japan) Inc.

(注2)天地真理プレミアム・ボックス解説書(2006),Sony Music,p.4
「安井かずみと浜口庫之助のコンビが手がけた第2弾シングルは、前作のフォーク調から一転。ほのかな恋心をテーマに、青春歌謡の雰囲気が漂う清純なナンバーとなった。タイトルは当時大ヒットした映画『小さな恋のメロディ』や、''チッチとサリー"で人気を博した漫画『小さな恋のものがたり』の影響だろうか。白雪姫のイメージを保守しながら、乙女チックで可憐な世界を繰り広げ、天地真理の人気を決定づけた。シングルとしては初めてオリコン1位を獲得。4週連続でナンバー1をキープしている。」・・・

 なお、本書には、プチ・トリビアも満載です。

トリビア1:北山修作詩、加藤和彦作曲の「あの素晴らしい愛をもう一度」は1971年(昭和46年)4月の発表、小柳ルミ子の「わたしの城下町」(安井かずみ作詩、平尾昌晃作曲)は同年同月の発表で、後に夫婦となる御両人の代表曲が奇しくも同時期に発表されたのでした。これは天地真理さんのデビュー「水色の恋」リリースのわずか六か月前の出来事でした(巻末の年表から)。前者は天地真理ファーストアルバムでカバーされ、ファンクラブの2013年の投票で、彼女のヒット曲を除く名唱として第一位に輝いた大人気曲ですね。

トリビア2:誇り高い安井かずみ、1975年の暮れに加藤和彦と運命の糸がつながるまで、恋多き女性でありました。作家Aさんが、「天地真理と三人で食事した後、六本木の街を歩いたことがあるんです。ZUZU(安井かずみ)が腕組んでくるから、俺が天地真理の目を気にして『やめろよ』と振り払うと、怒って駐車してあった車に飛び乗って、急発進しちゃったものだからタクシーにぶつけたこともありました。・・・」とエピソードを語っています。 真理さん、覚えているでしょうか?(問題!掲載ページはどこでしょう)

  危険なふたり 沢田研二「夜のヒットスタジオ」

トレビア3:1964~1966年頃、ザ・ワイルドワンズを率いる加瀬邦彦とザ・タイガースの沢田研二(ジュリー)は、安井かずみと親しくなり、共に新しい時代を開いていきました。
 1971年、ザ・タイガース解散。ソロになったジュリーのプロデュースを加瀬が引き受け、安井と大ヒット曲『危険なふたり』を世に出しました。(今日まで二人は 恋という名の 旅をしていたと 言えるあなたは 年上の女 美しすぎる ア、ア、それでも愛しているのに・・・。)この曲は、その年の日本歌謡大賞の「大賞」に輝きました。
 加瀬さんのお話し。「ちょうど浅田美代子の『赤い風船』がすごい人気で、ずっと一位でなかなか抜けないわけ。あの曲もZUZUの作詞だから、『どっちの味方なんだよ』というと、『こっちに決まってんでしょ』って。・・・」(p.163)
 安井かずみは、真理さんの楽曲やミュージカル「君よ知るや南の国」にも作曲家の宮川泰と共に力を注ぎました。アグネス・チャン(草原の輝き:い眠りしたのね いつか)も美代ちゃんも、和田アキ子(古い日記:あの頃は!)も郷ひろみ(よろしく哀愁:もっと素直に僕の)もヒット曲は安井かずみでした。大変な才能の新・文化人で、あの時代を作った、大きな影響力を発揮した大作詩家、稀有の詩人でありました。


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Author:hatogairu kouen
明るき癒しの歌声、天性のファルセットを紹介し、悩める日本人を応援します。

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