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BL 19 歌手・天地真理とファルセット


 天地真理さんの歌う地声はやや低い。本来アルト歌手(注1)ではないのか。デビューシングルのB面 「風を見た人」、あるいは22枚目のシングルA面 「初恋のニコラ」 の音域のごとく。

  天地真理 ☆ 風を見た人 1971.10.1

 (注1)[正しくは「メゾソプラノ」とのことです。(2014.2.15放送 FM軽井沢 天地真理ミュージック・コレクション)]

 天地真理は、当時の桜田淳子らアイドルを紹介したある番組で、司会者みのもんたに聞かれて、ファルセットはヨーデルのようなものと答えている。のどの酷使と体調不良も重なり、歌手活動の一線から退いて長きにわたると、この全盛期のファルセットを再現することは本人をもってしても至難の業なのであろうか。
 天地真理のCD音源のいずれもがそうであるが、例えばソニーミュージック発売のゴールデンベストMari Amachi Complete Singles Collection and moreのシングルA面全22曲、およびその他珠玉24曲を合わせ聴くと、全曲、丁寧にファルセットの素晴らしい響きをコンスタントに発揮している。本人によるとレコーディングは、スタジオで初めて譜面をみてピアノを二回ほど弾いて、すぐ本番という感じだったという。5)
 また、天地真理プレミアム・ボックスにあるライブ音源、ミュージカル音源も天地真理の舞台での歌唱の上手さをこれでもかと言わんばかりに存分に示している。

 ところで、インターネットサイトYou TubeにUPされている再生リスト「天地真理名曲100選」(nmyushinさん)を流し聞いていると、1,2曲、低音の声で、別の歌手の歌が紛れ込んだかと思われる歌がある。例えば、1975.4.7TBSモーニングジャンボ奥様8時半ですで歌った「赤ちょうちん」や1975年4,5月頃のテレビ番組で布施明と共演した「心もよう」、「夢の中へ」(・・・どちらも井上陽水の曲)などがそれにあたる。
 しかし、よく聞いてみると語尾は天地真理のやさしいそれであるし、さびの伸びやかなファルセットはまぎれもない天地真理である。本来の地声は低音、アルト(注1)ではないかと思われる点はここにある。

  amhikokigumoさん 天地真理/赤ちょうちん 
             
   天地真理 布施明 陽水を歌う

 ちなみに、天地真理さんがスタジオで和やかにファルセットで歌うと・・・

  momocyaさん あなたと共に(アタック!真理ちゃん)/天地真理

 本人は、あまり説明することはないが、40歳になって愛娘・真保さんが幼児期を過ぎ、芸能活動を再開するとのタイミングで、ワイドショーと思しき番組のインタビューで、「いまさら若い時の歌声でもないので・・・」と発言されている。
 これは裏をかえすと、あの天使の美声は、音楽の専門教育を受け、後にフォークソング歌手を目指してレッスンを積んだ若き日の天地真理が会得した高度な歌唱法というのが真実ではないのか、との見方が可能と思われる。

 天地真理全盛期、音楽賞での歌唱など、かなり入念に化粧し、清潔感いっぱいのかわいい衣装(白い襟が印象的)を身にまとい、しかし一曲歌うのに長時間待たされ、かつステージに上がると多数の観客の一斉の大歓声、女性アイドルとしての魅惑の美しさに対し、高音の指笛で恋心を主張する多数の青年たちが突然現れ、スーパーアイドルに瞬間的に変身するため、本人はかなり興奮しているように見える。歌う動作がいつもより激しく上下に揺れる。(1973年、第4回日本歌謡大賞のステージなど)
 アイドル絶頂期、テレビで注目される場面で、その日ののどのコンデションや精神状況、あるいは疲労度によって、単なる地声とは異なる高度なクラシック歌唱法、ファルセットが十分には制御できなかったこと、これが、巷でまことしやかに言われた「歌唱力が低い」という汚名的評価の真相ではないのか。(注2)

 (注2)[彼女のファルセットが地声とは異なる発声法のため、いわゆるアイドリングが必要で、多忙なスケジュール下でのテレビ番組やラジオ公開録音などでは、十分な準備時間が無く、本来ののびやかなファルセットで歌えなかった可能性を指摘する人もいる。ちなみに当時の録音を注意深く聴くと番組の後半になって声がのびやかに響く様子がうかがえる場合がある。一方、用意周到なコンサートやリサイタルでは伸びやかなファルセットを存分に発揮している(コンサート「私は天地真理」が代表的)。また、私見ではあるが、アイドルには上手な歌より元気いっぱいの明るい歌声を求めたスタッフの営業戦略、あるいは純粋に聴衆に元気を届けたいとする真理さんの心意気が、TV番組で見られる上手さにこだわらない歌唱につながったのかもしれません。(2015.4.1追記)]

 しかし、現在、ファンの中には音楽家も少なからずおり、歌手、歌唱の評価はかなり高い。

 真理さんの若き日の数多ある歌唱の音源や歌唱の動画が、今なお多くの人の心を元気づけ、癒す力を持つのは、真理さんの明るさとやさしい人柄によるものであると同時に、教育・訓練・努力によって培われたクラシック歌唱法、「至宝のファルセット」のおかげではないのか。
 その豊かな音楽性、本人と歌唱の一体性から、一部のファンに、天地真理は「天性の歌手」と呼ばれ、あるいは「天才(歌手)」とも評される。

 やや偏った見方ではあるが、古今東西、概して天才はリアルタイムには専門家も含め、常人、あるいは一般大衆に理解されないことがむしろ普通である。
 モーツァルト(著作権などの作曲者への還元がなかった時代の天才、人類の宝物)、キャベンディッシュ(イギリスの物理学者でニュートンの万有引力の法則を室内実験で証明した人見知りの孤独な学者)、画家ゴッホ、チャールズ・グッドイヤー(アメリカの加硫ゴムの発明者。天然ゴムの加工・安定な製品化に多大な貢献をした。研究費の借金で何度も投獄された)、石川啄木(「雲は天才である」を書いた。三行分かち書きの才ある短歌で有名。明治45年、東京小石川で病死、享年26才)、宮沢賢治(詩人、童話作家。雨にも負けず、銀河鉄道の夜などで今も愛される。全国民的認知は生誕100年、没後60年の1996年頃とされ、映画制作や書籍出版がにぎやかだった)などなど、高いレベルでこれまでにないユニークな成果を成し遂げた後、正しく評価されるまで、長い年月が経過する事例は数多くあげられる。

・・・天才的な才能、天性の才能は、時を経て必ず再評価される。真理さん、真保さん、われわれ凡才は、そのように期待するのです。天地真理、その優しく美しい歌声、天性のファルセットは永遠に不滅です。


     私は天地真理image

      やはり歌手が良く似合う。
      ライブ「私は天地真理」にて、オー・マリヤーナ熱唱
      amhikokigumoさん O Marijana,Croatian song


テーマ : お気に入りアーティスト
ジャンル : 音楽

MH13.1 「二人の銀座」と「銀座ひとりぼっち」


 「銀座ひとりぼっち」は、天地真理7枚目のアルバム「空いっぱいの幸せ/オリジナルポップス&フォーク」(1973.12.5)の二番目の曲です。

 本来、銀座の恋人ソングは、高度成長期の一面を表した華やかな曲でありました。
 はじめに、皆さんご存知のように、昭和36年、今もカラオケのデュエット曲で親しまれる「銀座の恋の物語」(石原裕次郎と牧村旬子,映画:石原裕次郎と朝丘ルリ子)が大ヒットしました。

 それから6年目、昭和42年、山内賢と和泉雅子よる「二人の銀座」が大ヒットしました。当初、ベンチャーズが銀座の夜景からイメージして作曲し、越路吹雪に提供しましたが、曲を聴いた越路が自分より和泉雅子がデュエットで歌ったほうがいいと判断し、和泉に譲ったといわれています。こうして、永六輔が詞を付け、山内賢とのデュエット曲としてリリースし、大ヒットとなったのでした。また、曲のヒットを受けて映画化が行われました。この昭和42年頃は、グループサウンズの全盛期で、当時は異色の歌だったと思われますが、明るく楽しい恋人ソング、まだ高度成長期が続いていた時代のメモリアルな歌かもしれません。そういえば、ベンチャーズのエレキギターのテケテケテ、名曲「ダイヤモンドヘッド」など、なつかしく思い出されます。

 さて、さらに6年目の昭和48年にアルバムの一曲として世に出た天地真理さんのオリジナル曲、「銀座ひとりぼっち」。なかにし礼さんの歌詞はそれまでの楽しいデートソングとは違って、祭りの後の寂しさを表現し、真理さんの曲で良く使われるキーワード「ひとりぼっち」を主題としています。

 一方、作曲・編曲は、鈴木邦彦さんによる快活で勢いがあるもので、歌唱は真理さんの絶頂期、高音が空まで伸びるファルセットがみごとな、実力派に温かみを加えた、素晴らしい出来です。
 しかし、この曲は名唱にも関わらず、多くの大衆には知られない埋もれた曲となりました。現在、ファンクラブの会員にもネット上の若きファンにも根強い人気曲ですが、当時、これほどの歌唱が大衆に知られず、B面にすらシングルカットされなかったのは、何故だったのでしょうか。


空いっぱい(銀座一人)LPジャケット_convert

天地真理 「空いっぱいの幸せ/オリジナル・ポップス&フォーク」 1973.12.5


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銀座の中央通りの「歩行者天国」は昭和46年(1971年)、真理さんのデビュー年から。


   エヴァ氏 天地真理/銀座ひとりぼっち 1973

      〇銀座ひとりぼっち
       作詩:なかにし礼,作曲・編曲:鈴木邦彦

      あなたがふるさとへ 帰った日から
      銀座の街角で 私は一人
      消えた恋の夢を抱きしめて
      歩く「すずらん通り」 涙がこぼれてくるの
      今夜おそくまで
      手紙をきっと書くわ

      あなたが好きだった レンガの店で
      コーヒーをのんでいる 私は一人
      ほゝにほゝをよせて恋人が
      歩く「並木通り」 窓からみつめているの
      少し淋しいの
      一人で待っているわ

      花屋の店先で あなたの為に
      小さなバラを買う 私は一人
      いつかめぐり逢える夢をみて
      歩く「みゆき通り」 小雨がポツリとおちる
      傘をさしかけて
      あなたと帰りたいの

 (※)通り名の「○○○」は編者によるもので、原詩にはありません。
    通り名は過去の銀座ソングにもでてきます。
    分かりやすくするためにつけてみました。


 「空いっぱいの幸せ」のシングルと直後のアルバムについて、プレミアムボックスの解説文に説明があります。このころ、天地真理さんは1971年10月1日のデビューから2年が経過し、国民的スーパーアイドルの地位を固めていました。しかし、当時は浅田美代子、中三トリオ、アグネス・チャンが台頭し、アイドルは10代が主流になった時期で、小柳ルミ子、南沙織の御両人は大人の歌にシフトを始めていました。

 一方、真理さんはデビュー1年後から始まったTBS・TVの冠番組「真理ちゃんシリーズ」が佳境を迎えていました(全5シリーズの3シリーズ目)。このため、シングルも当初、哀愁を帯びた「もの想う季節」をA面とし大人の歌にシフトしようとしましたが、あまりの子供たちの人気が影響したのか、子供も親しめる「空いっぱいの幸せ」をA面とし売り出した経緯がありました。(当時、高校生の私は、今でも真理さんが歌う「空いっぱい~」は大好きな歌です。・・・ムム、私は子供か?)

 結局、大人の歌、というより「若い恋人たちの歌」のシングルは、年が明け2月、「恋人たちの港」で実現し、「恋と海とTシャツと」を挟んで、本格的には約1年後の1974年9月1日、「想い出のセレナーデ」まで待たなければなりませんでした。

 スタッフ・関係者に第三の銀座恋人ソングとして大ヒットの狙いがあったのか、さらに映画化の話があったのか分かりませんが、「高らかに歌い、恋人と手をつなぎ銀座を走りぬける天地真理、美しき20代半ばの国民的スーパーアイドルの映像」は、あまりにも老若男女問わない国民的な人気の為に、実現せぬ幻となったのでは。澄み切った秋空の下、小生の想像はたくましくも、正解を持たず、空いっぱいに大きく発散する感じです。

  “~こんなに大きく広い 世界で 二人あのとき そうよ出会ったの~”

 真理さん、たしかに、『空いっぱいの幸せ』は、銀座の街よりスケールがデカそうですね・・・

 

MR32 至宝のファルセットを 「愛と涙と約束と」で聴く


  真理さんの京都のお茶会は、大変な盛り上がりだったようです。しかも、真保さんのツイッターで、春らしいご衣裳に包まれた真理さんの輝く笑顔が公開されています。その穏やかな笑顔と姿から「七福神」を連想された方があったとか・・・フムフム、実は同感です!

 天地真理さんの直筆、肉声と言いますか、公式なFACE BOOKに、真理さん自らの投稿が続き、大変なアクセスがありましたが、ただ今、ダウンしています。国民的スーパーアイドルの天地真理さんの今を知りたいというニーズは高く、急激なアクセス、いいねの増加は、むしろ当然かもしれません。ハッカー説まであるようですが、天地真理さんの底知れぬ人気を物語っているのでは。ファンクラブ事務局がサイト側に照会を行っていますので、ともかく、再開が待ち望まれます。

 また、真理さんファンのFACE BOOKも盛んになり、写真の公開がとてもにぎやかです。天地真理再評価、再発見が、真理さんの全盛期を良く知る団塊の世代、及びその他の年代の国民の皆さんに、じわじわ浸透するのを期待したい2015年の春です。

 さて、ここで、『天地真理による至宝のファルセット』を、彼女の 7枚目のオリジナルアルバムから「愛と涙と約束を」によって、お聴きください。真理さんの空に突き抜ける美しく、かつ勢いのあるファルセットは、まさに驚きの歌唱です。この曲は昭和のノスタルジー色が強いかもしれませんが、同じアルバムにある「銀座ひとりぼっち」と並び称される名唱といっていいのでは。




真理ちゃんの朝食(想い出の足音)
  
真理さん海外のホテル?で朝食?何がうれしいのかな~


次の写真は宮城県南部の桜の名所、白石川河岸の「ひと目千本桜」です。
(今日、家内とお花見をしてきました。肌寒く小雨でしたが、きれいでした)

01ひと目千本桜DSCF5295-200

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上から桜の回廊、桜二種(全体に八分咲き)、新しい桜見橋と湖岸の千本桜



MH08.1 ヤマハ「'70作曲コンクール」で歌われた「OTHERWISE」


 今年も秋が深まり、われらが天地真理様、10月1日の歌手デビュー44周年、11月5日のお誕生日、おめでとうございます。私事、11月1日の天地真理さんの誕生会(東京)は、次女の第2子出産と重なり、当初より出席を見合わせましたが、おしゃれで嬉し涙の真理さんの御様子を、ファンの皆様のブログやF.B.で知り、とてもうれしく思います。

 さて、歌手・天地真理さんの実力を知るうえで重要なデビュー前のヤマハ「'70作曲コンクール」で歌われた「OTHERWISE」、以前の記事で、是非聴きたいと書いていましたが、最近、ひこうき雲さんのブログで、聴くことができ、あらためて、二十歳前の天地真理さんの歌の上手さを実感できました。ひこうき雲さん、制限つきの公表と思いますが、大変感謝いたします。まだお聴きでないファンの方々は是非、こころして聴いておかれるべき歌唱と思う次第です。

 皆さん、いかがですか。この日、真理さんは19才の誕生日だったはずですが、歌声はどこかそんな若さには聞こえませんね。なんかちょっとベテランのジャズシンガーのような外国人にも思えるし、洋楽好きの日本のプロ歌手のようにも聴こえます。NHKのど自慢大会に出て合格の鐘をならしたいレベルよりもう少し上の方に見えます。また、デビュー後の天地真理さんの大衆が誰でも近寄りやすく感じる、明るさ、おおらかさは感じられません。18才のレッスンはずいぶん志が高かったように見受けられます。

 さて、以下は、MH08 の冒頭から、「OTHERWISE」についての簡単な紹介文です。

 『1970年(昭和45年)は、斎藤真理さんは、国立音楽大学付属高校声楽科を卒業され、早稲田大学のフォークソングクラブに準会員として参加し、かつヤマハミュージックスクールのボーカルコースに通っていました。そして、この年11月5日、三重県合歓(ねむ)の郷で開かれたヤマハ「'70作曲コンクール」に斎藤マリの名で出場し、June Chun作詩・作曲の「OTHERWISE」を歌われたのでした。(注;現在、OTHERWISE、真理さんの歌唱も曲自体も次のブログに紹介された動画が削除されているため、残念ながら不明です。誰か歌や演奏をお願いしたいところです。)』

   メロンパンさん 天地真理ものがたり デビュー前の歌「OTHERWISE」

  『OTHERWISE』 by June Chun

  There must be magic,
  Otherwise, How could day turn to night?

  And how could sailboats,
  Otherwise, Go sailing out of sight?

  And how could peanuts,
  Otherwise, Be covered up so tight?

  And how could peanuts,
  Otherwise, Be covered up so tight?

  Rururu・・・・・

    And how could peanuts,
    Otherwise, Be covered up so tight?

    And how could peanuts,
    Otherwise, Be covered up so tight?

    Rururu・・・・・

 今日も、1970年のポプコン第二回の様子は、ヤマハ音楽振興会のホームページから分かります。「斎藤マリ」のお名前と、水色の恋の原曲「小さな私」の名前が見て取れます。

  1970ポプコン概要

  1970ポプコン作曲01

   ヤマハ音楽振興会 ’70年作曲コンクール

MR52 弁証法による歌手・天地真理の評価(試み)


 弁証法Dialektikは、カントやヘーゲルのドイツ哲学者によって多用された思考法です。カントは神の存在の有無、世界の時間における始まりなどを、二つの考え方・二律背反(Antinomie)を対立させ、どちらも確実とは結論できないとする、否定的な断定を行う論法を示しました。
 一方、ヘーゲルは、二つの考え方から、否定・保存・高揚する三つの意味を含む止揚[アウフヘーベン(Aufheben)]する、すなわち、「定立(テーゼ)」と「反定立(アンチテーゼ)」を対峙させて考察し、「総合(ジンテーゼ)」的に結論づける肯定的な弁証法を用いたとされています。(高坂正顕著「哲学は何のために」理想社、昭和34年.ほか)

 小生は、分からずとも哲学書が好きで、学生時代に手始めにカントの「プロレゴメナ」を読みましたが、社会人になり、元本のカントの代表作「純粋理性批判」を通読しました。かなり難しく、理解できたところはごくわずかな気がします。「西洋哲学の歴史」や哲学入門書については、岩波文庫などで読んでいましたが、ヘーゲル自身の著作は、わずかな読書で詳しくはありません。しかし、カントの言では「哲学書をやみくもに批判することより、哲学することが大切である。」との意味の勧めがあったと思います。

 さて、それでは、天地真理さんを再発見した、この3年あまりで得た知識で、歌手・天地真理について哲学してみましょう〜!

(A)天地真理は歌が下手と評価する人たちの根拠は・・・

1) 歌い方がワンパターンに聴こえる。明る過ぎて、悲しい場合やつらい立場の人たちは聴いていられないと思う。
2) 日本で一番レコードが売れる歌手であるが、歌はそれほど上手くない。(雑誌や新聞などで音楽関係者と思しき人たちに書かれたことがあった。)
3) テレビや地方のキャンペーンやイベントでは、さらっとした不本意な歌唱を行う時があった。(1曲、あるいは2曲程度の披露で、喉や体調が不調な場合も、一人アイドルであるため、ファルセットで無理して歌わざるをえない。)
4) 人気絶頂期は聴衆の声援や指笛の音量が大きすぎて、歌がよく聴こえず、上手いか下手か判別できなかった。よく聴こえないから・・やっぱり下手ではと思った人が少なからずいた。
 ・・・歌手・藤圭子の娘「宇多田ヒカル」は在米し、日本でいくつかの大ヒットを飛ばしているが、日本開催の彼女のコンサートを初めて聴いた人で、声量が少ないと感じた人は、宇多田ヒカルは歌が下手ジャンと評価していた。
5) 三人娘でそろって公開番組に出た時、一番声が出ていなかったようだ(ロッテ歌のアルバムかなぁ)。天地真理さんの歌は基本的にオールファルセット。このため地声で歌う部分がないので、短くつまみ食いするような、ちょい歌は、実力を発揮するにはむずかしいのかも知れない。
6) 時代をプロデュースした渡辺晋氏のNHK特集。渡辺氏は、「アイドルは歌が上手くなくてよい。」としている。アイドルは歌がうまいと玄人受けするが大衆に受けないの意ではなかろうか。天地真理さんの場合、コンサートやレコードに吹き込んだ美しく上品な歌い方に比較して、レコード大賞等の受賞時や紅白歌合戦のステージ、はたまたお笑い番組などでは大きく異なり、むしろ”歌の上手さにこだわらない”元気いっぱいのパフォーマンスを見せている。出番直前、「さあ、真理ちゃん、がんばって行こう~!」なんて言ってナベプロの社員に送り出されていたのかも知れません。

  Sugi4Geruさん 天地真理「虹をわたって」1975.5.10 お笑い頭の体操

7)  ブログやネット上のコメントで、「友達が(TVでの)ポップスはそれほど上手くないと言ったが、私は天地真理はフォークは上手だよと教えた。」とか、「若いときは上手な歌手だったが、30代では下手になった。」など、おそらく天地真理の歌唱コンテンツ全体やライブの歌声を聴くことなく、歌の上手さについて限定的評価を行っている場合があった。
8)  当時の週刊誌や現在のネット上のコメントは、必ずしも優れた音楽家が行っているとは限らない。確かに、美空ひばり、森昌子、ドリカムの吉田美和らは、そろって評価が高いと思われる。しかし、爆発的な人気の歌手について、たとえば「赤い風船」(安井かずみ/筒美京平)を歌った浅田美代子など、アイドルなのに他の歌手のヒット曲がオリコン1位になることを長く阻止していたなど、ひがみ節もあって、ひどく叩かれた。真理さんもそうで、絶大な人気者で他のアイドルや若い女性歌手の活躍が目立たないため、非難は勲章かもしれない。

(B)天地真理は歌が上手と評価する人たちの根拠は・・・・

1) 音楽大学付属中・高を卒業し、楽譜が読め、ピアノ、ギターが演奏でき、音程やリズムが確かである。分刻みでスケジュールをこなすトップアイドル稼業に大忙しで、楽譜初見で ”自ら ピアノを二回ぐらい弾き(ここが大事)” 、すぐレコーディングをしていた。テレビに出ない日はないと言われた国民的スーパーアイドル、超人気アイドルであったため、作曲家が同席しない深夜、1曲、1曲というレコーディングも致し方ない状況であった。
2) 全音程を地声で歌わず、高音部も低音部も、のびやかなファルセットを駆使する。
3) ライブコンサートでの弾き語りは、見事で美しいファルセットで歌っており、レコード化した音源を残している。「天地真理オン・ステージ」1974、「私は天地真理」1976。また、小柳ルミ子とのビックショーなどの番組では、十分なリハーサルを行っているからか、素晴らしい歌唱を披露している。

  PAKURONさん 四月の雨/天地真理&小柳ルミ子

  bellwood58さん 小柳ルミ子・天地真理 ビッグショー

4) 当時、見目麗しく、たいそう可愛らしかったため、TVではその外見に魅了された若者が多かった。しかし、市中に流れるラジオでさえ癒しの歌声を感じることが出来て、高校生の小生は、「若葉のささやき」の真理さんのファルセット、アルファ波が全開で、頭の中の血液がさらさらとなる快感を味わった。リチャード・クレイダーマンのピアノに匹敵する感じ。このようなクラシック音楽的なピアノやオーケストラのバイオリンのような歌声は、天性あるいは音楽教育によるものと思われるが、いずれにしろ、現在でも「音楽はクラシック音楽と天地真理しか聴かない。」とおっしゃるファンの言は驚くべきことでは。
5) 朝早く、天地真理さんのLPを続けて聴いていると、私などは深く感動し、心が豊かになる。「われLP聴きて、静かに深く感動ス。ゆえに歌の上手な天地真理は存在する」。多くの人がなんと言おうと、様々な評価があろうと、デカルトが懐疑論をつきつめて考えた末に結論づけた「我考う(われ思う)、ゆえに我在り」Cogito, ergo sum(方法序説)と同様に、「われ想う、ゆえに美声の素晴らしき歌手・天地真理は世にあり」となる。
 すなわち、「われ想う、ゆえに歌手・天地真理あり」との認識に至る。
6) ソニーミュージックの関係者によってプレミアボックスや復刻版、ゴールデンディスクが企画、発売され、関係者には、歌が高い水準で、生産数を限定してはいるが、今でもある程度売れることが分かっている。2015年の歌手・デビュー記念日(10月1日)では、ソニー関係から天地真理さんに花束が届けられた。
7) タワーレコードなどCD販売店では、Jポップスコーナーに天地真理の最近制作されたソニーミュージックの高音質CDが陳列、販売されている。
8) ソニーミュージックは、天地真理ファンクラブと共同企画で、天地真理の代表的ライブ「私は天地真理」の秘蔵スチール写真によって構成したスクリーン・コンサートという作品を編集し、現在、東京都内原宿のミニシアターで、定期公演を行っており、大阪や福岡でも開催された。次回作に「天地真理オン・ステージ」のスクリーン・コンサート作品が予定されている。

(C)弁証論的結論について試みです(悪しからず)

 天地真理さんの地声は男性の音域に近く(真理さんのデビューから人気絶頂の時期に大きな働きをしたプロデューサー的マネージャー菊地さんが、「男のファルセットのような声で歌うのでおもしろいと思った」と評している。)、低音から高音までいわゆる「裏声」ではあるが、高度なファルセットでカバーし、かつ繊細な感情や高音部の空に突き抜けるような美しい歌を唄うことが出来た。

 一方、十分な腹式呼吸等を伴うファルセットを貫くためには、体力・体調が十分ではないと可能ではない。天地真理さんは、デビュー二年目にして「若葉のささやき」、「恋する夏の日」を大ヒットさせた直後、「空いっぱいの幸せ」のLPアルバムで、絶頂の美しく、のびの秀でたファルセットを駆使し「銀座一人ぼっち」や「愛と涙と約束と」を歌い上げた。しかし、この二曲は、高度のファルセットを伴うためか、二大ライブ等では歌われることがなかった。

 歌手・天地真理の特徴は、「悲しい歌にも希望があることを伝える屈託のない明るい歌い方」、「空いっぱいに広がる伸びやかな美声」、「各句の語尾を丁寧に音をやや伸ばして置く感じ」、「水を得た魚のように、息を一気に出し跳ね上げる歌い方」などである。
 反面、つらい悲しみ、人生のやるせなさ、どん底感、愛憎や固執等どろどろとした人間の愛と憎しみ等を演歌歌手並みに表現することがなかった。これは、真理さんが地声ではなく、ファルセットで歌唱する場合にあてはまるが、地声、低音で歌唱するときは、デビューシングルのB面曲、「風を見た人」やライブで時折うたった「赤提灯」、「母」など、深い悲しみや熟慮する女性の心情を表現することが出来た。したがって、天地真理さんが、演歌調の前奏が彼女の曲では異色の「夕陽のスケッチ」や「矢車草」のシングルが、石川さゆりの「天城越え」の域に達するには、地声での歌唱を要したのではないか。

 天地真理さんは、数多くの明るく、楽しく、やさしく、慈愛深い、美しい歌唱作品を残しているが、これは、2015年7月25日、土曜の午後1時からNHKFMで全国放送された「歌謡スクランブル・天地真理作品集」の圧巻の全18曲を状態の良いラジオ、ステレオ(コンポ)で聴くと明らかである。他の歌手で比較できる歌手が思い浮かばない。

 上記の議論を総合すると、天地真理の歌唱法は、 『低音の地声を封印したため負の心情表現を概してにがてとし、また体力・体調の影響が大きいという欠点を持つが、美しく、のびやかなファルセットを駆使し、明るさ、愛らしさ、歓び、励ましを表現した音楽作品をつくり続けた類を見ない”癒しの歌唱法”』、と評することが可能と思われる。


(以上)
プロフィール

hatogairu kouen

Author:hatogairu kouen
大津波の甚大な被害は住民にも地域にも大きなPTSD(心的外傷後ストレス障害)。「夏を忘れた海」と生きる人々の心の復興を願う。三陸海岸K市育ち,杜の都在。

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