FC2ブログ

MR51 筒美京平作品と天地真理(その1)


 筒美京平さんは日本歌謡界における稀代(きだい)の作曲家。多数のレコード大賞関係の受賞曲やレコードセールスの記録をもち、長期にわたり今も活躍する大作曲家と評せられています。

 御本人の最もお気に入りのヒット曲は、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」1971、堺正章「さらば恋人」1971、太田裕美「木綿のハンカチーフ」1975とされ、他に、セールスの大きかったヒット曲に、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」1968、岩崎宏美「ロマンス」1975、ジュディ・オング「魅せられて」1979、近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」1981、等が有名です。

 いしだあゆみ ブルー・ライト・ヨコハマ 1969

 堺正章/さらば恋人 1971

 また、アイドルソングとしての次のヒット曲も筒美氏の作曲によるもので、当時、街中や昼休みや放課後の校内放送で、よく耳にしたものでした。いずれも、レコード大賞の新人賞や大衆賞を受賞しました。

  リリース     曲名/歌手
  1971.6.1    17才/南沙織
  1972.8.1    男の子 女の子/郷ひろみ
  1973.4.21   赤い風船/浅田美代子
  1973.7.5    私の彼は左きき/麻丘めぐみ

 南沙織/17才 1971

 南沙織さんは、初代アイドルと位置づける方もおりますが、レコードとステージ、TV出演で、歌唱がコンスタントに秀でています。新・三人娘は、三人三様の歌の上手さがありました。ちなみに、1971年レコード大賞新人賞に選ばれたステージに、小柳ルミ子さんらと登壇し、最優秀新人賞には小柳ルミ子さんが選ばれました。

   

 尾崎紀世彦 「また逢う日まで」 作詩;阿久悠/作曲;筒美京平 1971年の日本レコード大賞受賞曲。天地真理さんデビュー年、尾崎さんのレコード大賞受賞決定の瞬間と直後のステージは、小生の中学生時代、ハッキリとした記憶があります。

 1971年(昭和46年) 日本レコード大賞受賞! 尾崎紀世彦
 
 JASRAC会員作家インタビュー 第二回 筒美京平

 さて、1975年3月、二年半続いた冠TV番組・真理ちゃんシリーズを終え、ヨーロッパへの長期休暇旅行、帰国後の主演ミュージカル「君よ知るや南の国」公演を経て、初期の超絶の人気に陰りが見られたとされる天地真理さん。アイドルとしての人気低下は、歌唱はさらに上達さえしていると評せられても、レコードのセールスに影響してきました。
 ここで、プロダクション・スタッフは、中三トリオ、アグネス・チャン、麻丘めぐみらの、若いアイドルの台頭に対して、天地真理さんに大人の歌を推し進めたのでした。

 この時期、すでに「ブルー・ライト・ヨコハマ」や「また逢う日まで」で売れっ子の作曲家、筒美京平さんに、曲作りがゆだねられました。これは、1975年12月、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」がLPからシングルカットされ、大ヒットとなった時期と前後する、まさに筒美京平氏が最も油に乗った時期と言えるかもしれません。

 天地真理さんのシングルは、11枚目~14枚目の大人の歌、「想い出のセレナーデ/わたしの場合」、「木枯らしの舗道/ブランコ」、「愛のアルバム/京都でひとり」、「初めての涙/君よ知るや南の国」が森田公一や宮川泰によって作曲された後、筒美京平作品、合計6曲が、天地真理のシングルに提供されました。
 すなわち、シングル15枚目(1975.9.1)のA面が「さよならこんにちは」、B面が「明日また」。16枚目(1975.12.5)のA面が「夕陽のスケッチ」、B面が「小さな人生」。17枚目(1976.4.21)のA面が「矢車草」、B面が「一杯のレモンティー」でありました。

 Mari Ageinさん 天地真理 夕陽のスケッチ 1975

 gessyさん 「一杯のレモンティー」 天地真理さん 1976

 アルバムはさらに曲を追加し、天地真理さんは筒美作品10曲を歌ったことになります。すなわち、9枚目のアルバム「小さな人生」(1975.12.21)において、川口真氏と作曲を分かち、筒美京平氏によって、全13曲中、「レインステーション」、「家なき子」、「ある恋の感想」、「さよならこんにちは」、「夕陽のスケッチ」、「明日また」、「明日への愛」、「小さな人生」の合計8曲が天地真理さんに提供されました。また、10枚目のアルバム「童話作家」(1976.12.21)に「矢車草」、「一杯のレモンティー」があります。

筒美京平作品_天地真理

 天地真理さんが歌った筒美京平作品。上2曲はカバー。 下2曲はライブ「私は天地真理」から。この4曲(歌唱音源)を除き、シングル、アルバム合わせて10曲でした。 

 天地真理ずっと歌って行きたい

 天地真理さん 「ずっと歌って行きたい」

 hiroIGA51さん 天地真理/「レイン・ステイション」 1975

 筒美京平作品が、歌手・天地真理のヒット曲とならなかった理由とは・・・。筒美京平氏ご本人はヒットしなかった理由は反省しないとし次々と作曲を行うスタイルのため、答えを見出すのは難しいと思われますが、天地真理さんにとって重要で興味深いテーマです。小生にとっても数回にわけて考察したいテーマと思う、2015年の年の瀬です。


BL26.1 【再掲】小さな人生/天地真理 1975


【小さな人生】 筒美京平作品

 16枚目のシングル「夕陽のスケッチ」B面 1975.12.5
  (9thアルバム1975.12.21のエンディング曲)
 作詞 安井かずみ、作曲 筒美京平、編曲 萩田光雄

  西日がさしこむ窓
  低くかけた ラジオの歌に
  振りむく二人が ここにいます
  とぎれそうな夢でも
  暖めあえるわ
  そんな気が している
  あなたが 好きなの
  小さな人生が見えています

  花びら バラの花が
  目立ちすぎる この部屋だけど
  倖せに似ている 感じがします
  これからの先など
  心配するより
  目の前に ぶつかる
  あなたが 好きなの
  小さな人生を持っています

   夕暮れになっても
   ふたりぼっちでも
   明日こそ 似合うの
   あなたと わたしは
   小さな人生の中にいます


   天地真理さま妙齢

   天地真理様妙齢002

    『等身大の可愛い真理さん』 



昭和風の若いカップル、若いご夫婦へ贈る応援歌です

 「小さな人生」は、シングルB面からアルバムタイトル、エンディング曲に昇格した歌です。スーパーアイドルが、まどべに置いたラジオを聴いている日常、若いカップルの希望を歌っている。安井かずみさん、真理さんの庶民性を一気に加速させるような歌詞でしたが、大衆にはスピードが速すぎたのか・・・。ヒット曲とは言えないかも知れませんが、「花びら バラの花が~」など、やさしい高音が見事ですね。

 「小さな人生」についてはスリーピーさんのブログ”もの想う季節”で、すでに取り上げられています。詳しくは存じ上げませんが、他の熱心なファンの方々のブログ等でも語られていることと思います。

  スリーピー氏ブログ”もの想う季節” 「小さな人生」【 通算221号 】

  スリーピー氏ブログ 番外編「小さな人生」

 みなさん、天地真理さんの歌を聴きこむと、アルバム「小さな人生」に至るということでしょうか。

続きを読む

MR53 筒美京平作品と天地真理(その2)LP「小さな人生」


 2016年、平成28年、新年明けましておめでとうございます。全国的に、暖かいお正月だったようですが、小生は三陸の実家で、もうじき3才になる孫のS君とラグビーごっこをしたり、大正15年生まれ(なんと今年90才)の母が住む実家の細かな修繕をしたり、楽しく帰省をしてきました。

 新年の始まった会社(建設コンサルタント)では、震災からもうじき5年となるため、土地のかさ上げ・造成と防潮堤等の海岸の復旧設計の追い込みや、公共団体の復興建設マネジメントのお手伝い、老朽化インフラの調査・対策など、相も変わらずの忙しい一週間でありました。

 次のニュースは今日はいった地元にライブ会場が出来たニュースです。今年は、東北でも天地真理さんのスクリーンコンサート、やってほしいで~す!

  釜石PIT心の復興だよ

 エンターテインメントを通して東日本大震災の被災地を支援する一般社団法人チームスマイル(東京)のライブ施設PIT・・・江東区、いわき、仙台、かましい
  <釜石PIT>白熱ライブ始まるぜ・・・心の復興拠点できる

 ところで、お正月らしいコンテンツを発表された方は・・・おやおや、いらっしゃいましたネ。

   2016お正月ヒロさん

hiroIGA51氏 2016 真理さん明けましておめでとう! 「空いっぱいの幸せ他」

 さて、年末から、勉強している筒美京平作品のことですが、氏の略歴を、先月リンクした日本音楽著作権協会JASRCの会員作家インタビューのページ等からおさらいをしてみましょう。

『 筒美京平氏略歴
 1940年、東京生まれ。小学校から大学まで青山学院。
卒業後1963年、日本グラモフォン・レコード株式会社(後のポリドール)に入社。4年間洋楽ディレクターとして勤める。
 1966年、作家デビュー。作詞家橋本淳氏とのコンビ作家として活動と同時にすぎやまこういち氏に師事、編曲も始める。
翌年(67年)ヴィレッジ・シンガーズの「バラ色の雲」が初のヒットとなる。同年、グラモフォン退社。
 1969年「ブルー・ライト・ヨコハマ」で日本レコード大賞作曲賞を受賞。
その後、2回のレコード大賞と計5回の同作曲賞を受賞。
 1997年、作家活動30周年を記念して約2650曲の作品のなかから163曲を厳選したコンピレーション・アルバム「HISTORY」をリリース。ヒットチャートのベスト10入りした作品は202曲(うち1位は38曲)[2002年5月20日付現在、(株)オリコン調べ]

代表曲
「ブルー・ライト・ヨコハマ」いしだあゆみ
「また逢う日まで」尾崎紀世彦
「17才」南沙織
「さらば恋人」堺正章
「赤い風船」浅田美代子
「私の彼は左きき」麻丘めぐみ
「よろしく哀愁」郷ひろみ
「ロマンス」岩崎宏美
「木綿のハンカチーフ」太田裕美
「魅せられて」ジュディ・オング
「セクシャル・バイオレットNo.1」桑名正博
「スニーカーぶるーす」近藤真彦
「人魚」NOKKO
「やめないで、PURE」Kinki Kids
他多数 』

 このように、筒美京平氏は、現在も活躍中であり、結果的に新人賞に輝いた若手らに幅広く楽曲を提供し、その若手歌手の歌声や性格の特徴を生かした曲作り、売れる曲作りをおこなった秀でた流行作家であることが分かります。天地真理さんに関連しては、仲良しのお友達、太田裕美さん、南沙織さんの代表ヒット曲が、筒美京平作品であることは特筆することだと思います。

 次に、天地真理プレミアボック解説文(中崎あゆむさん,2006年6月)から、アルバムLP「小さな人生」の解説を、掲載してみます。この中で、天地真理さんのレコードセールスを再浮上させようとする努力が描かれており、筒美京平作品の重要性、筒美氏も関連する真理さんと太田裕美さんの親しい間柄も記されています。

 筒美京平作品やLP小さな人生については、スリーピーさんのブログに詳しい解説があることに遅まきながらきづいた小生ですが、歌手として大きな方向転換を図ろうとしながら、何故、レインステーション等の名曲をシングルカットしなかったかが、少し気になりますね。先輩の方々とかぶる論点もあるでしょうが、ちょっとゆっくりと考えてみたいと想う2016年の年はじめです。

『アルバム・コレクション(6) 「小さな人生」(1975年12月21日リリース)
 昨日を確かめながら、新しい光を求めて進む青春のメモリアル・アルバム

  LPレコード小さな人生
  LP「小さな人生/天地真理」・・・ネット上からの借り物画像(本物がほしいヨ~ン)

 75年3月、TBSのバラエティー番組「はばたけ!真理ちゃん」が最終回を迎え、2年半にわたり5作続いた真理ちゃんシリーズは終了。天地真理は長年取ることができなかった休息と充電を兼ね、2月から3月にかけ約1ヶ月のヨーロッパ旅行へと出かける。
 帰国後にはミュージカル「君よ知るや南の国」への主演が決まっており、歌やテレビだけでなく舞台もこなす本格的なエンターテイナーヘと新しい未来が広がっているかのように見えた。大人への脱皮を図る新曲づくりも進むなど、本人も周囲も希望に満ちた旅立ちであった。

 しかし、これが急激な失速の始まりとなった。一時とは言え、毎日のように出ていたブラウンから姿を消すことは当時の歌手にとって大きな打撃であり、まして全盛期を過ぎていた天地真理には致命的な結果をもたらす。
 ミュージカルは成功を収めたものの、4月にリリースしたシングル「愛のアルバム/京都でひとり」、5月に臨時発売したミュージカルの主題歌「初めての涙/君よ知るや南の国」のセールスは一作ごとに下降していく。
 それに加え、ここぞとばかりに襲いかかるゴシップの嵐。人気絶頂期には、ものともしなかった天地真理だったが、この時は精神的にも追いつめられ、いつしか情緒不安定に陥ってしまったようである。

  ひこうき雲氏 天地真理 愛のアルバム(ライブ)

(注)この動画コメントには皆さんの歌の高評価があります。天地真理さん、大衆の皆様、この時のレコードセールの降下と歌の実力は関係ないのではないでしょうか。冠番組の子供に大人気の明るく可愛いお姉さん・天地真理のイメージを、大衆はぬぐいきれなかっただけなのでは。超ド級アイドル・戦艦ヤマトには急な旋回はできない。今から言うと、周りの海、大衆もその変化を受け入れるのに時間を要したと思われます。(小生の仮説ですが、太田忠さんもFM軽井沢の放送で何か言ってましたよね・・・)

 中曽根皓二+中島二千六コンビに代わり、担当ディレクターになった白川隆三(CBS・ソニー)や原正志(渡辺音楽出版)らスタッフ陣は、そんな状況を心配し曲作りの過程においても、天地真理にプラスになるような配慮を行う。
 それが、山口洋子十安井かずみという女性作詩家2人による異例の合作シングル「さよならこんにちわ/明日また」である。銀座でクラブを開いていた山口、その生き方が多くの女性の憧れであった安井の両氏から、人生のヒントを見つけてほしいという親心だったようだ。作曲および編曲は、次作の「夕陽のスケッチ/小さな人生」とともに筒美京平が担当。天地真理を立ち直らせようと懸命の努力が続けられた。

 その2枚のシングルを収録したアルバムが、隠れた傑作「小さな人生」である。白川が得意とする明確なコンセプトに基づいたアルバム作りが行われ、天地真理のシンガーとしての力量がいかんなく発揮された意欲作に仕上がった。
 想い出をフラッシュバックするような「一枚の写真」から始まり、ほのかな希望が見える「小さな人生」で終わるが、白川によると、構成通り「過去のことを良い想い出として封じ込め、明日の小さな夢、小さな人生に向かって歩いて行きましょう」という意図で制作したという。』

(つづく)


MR54 筒美京平作品と天地真理(その3) 家なき子


 さて、天地真理プレミアムボックスにおける「LP小さな人生」の解説の続きですが、歌手・天地真理の再浮上を願ったスタッフの必至さが、次のようにうかがわれます。

 『(アルバム「小さな人生」は)作詩には安井、山口のほか、松本隆らを起用、作曲は筒美のほか川口真が担当した。ストーリー性のある「家なき子」やドラマチックな展開の「明日への愛」など、シングルを含む筒美作品8曲をはじめ、これまでには見られなかったリアルなテーマと洗練されたメロディー、サウンドが特徴で、全アルバムの中でも本作が完成度ナンバー1というファンも多い。』

 エヴァ氏 天地真理 ☆ 家なき子

  都内地下鉄夕ぐれ

  夕ぐれの地下鉄

 
 【家なき子】 LP「小さな人生」第三曲
  作詩:松本 隆,作曲:筒美京平,編曲:萩田光雄

 あなたの腕に帰れない
 小さな事で喧嘩して
 地下鉄の駅に
 普段着のまま とびだした

  行くあてもない私
  追いかけてこない
  あなたのつめたさ
  人波に押され
  つまずいた私
  戻れない道

  以下 略

  ちょっと怯えたMさん

 kei sukeさん/家なき子 天地真理 レコード音源

・・・「家なき子」は、エヴァ氏でなくとも、ドラマチックで、悲しい女性の表情や姿が想像され、心にグッとくる上手な歌唱ですね。個人的にこの歌大好きです。公衆電話ボックスで「10円硬貨少ないし・・・」は、携帯の普及した今ではピント来ないかも知れませんが、当時はテレホンカードさえなかった時代でした。余談ですが100円玉を入れるとおつりがありませんでした。

 大方、明るさが印象的な真理さんのファルセットですが、恋人から逃れて来た事情はなんだったのでしょうか・・・夫婦でもままあることですが・・・・、切ない歌い方、歌手・天地真理さま、お見事です。



MR55 筒美京平作品と天地真理(その4) レインステーション

  
 さらに、プレミアムボックスの解説文は続きます・・・
 『中でも、林哲司のアレンジによるシティポップス「レイン・ステイション」は特筆もの。筒美とは、天地真理と同じCBS・ソニー&渡辺プロ所属の太田裕美でコンビを組み「木綿のハンカチーフ」を書いたばかりの松本隆が作詩。風景と心象を重ね合わせた独特の情景描写で、当時の天地真理の心情をなぞるような出来となった。天地もそれに応え、淡々としつつも胸を打つ歌声を聴かせている。』

  レインステーションBY_HIROIGA

  hiroIGA51氏 天地真理 ブルー 「レイン・ステイション」

  エヴァ氏/天地真理 ☆ レイン・ステイション 

 【レインステーション】 LP「小さな人生」 第二曲
 作詩:松本 隆,作曲:筒美京平,編曲:林 哲司

 揺れるガラス 流れる雨粒
 こんな日はあの人が駅まで迎えに来た
 山手線で原宿すぎれば
 傘を持つあの人が見えるような雨の街

  休日(やすみ)の午後には通った街角も
  あなたに逢うのがこわくて行けない

  哀しみさえ想い出になれば
  かけがえのない青春
  そうよ 私生きている

  以下 略


 レインステーションIMG_20160114
   (AMACHI MARI ORIGINAL MUSIC COLLECTION)

・・・「レインステーション」(収録LP「小さな人生」1975.12.21発売)は、太田裕美さんが時代を彩った「木綿のハンカチーフ」と同時期、同じ作詞家、作曲家によってつくられたことは、意外な感じもします。太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」のヒットは、1975年(昭和50年)12月から1976年(昭和51年)、小生、高校三年生で大学受験の冬でした。ラジオから聞こえるリズミカルなストーリーを語る若々しい裕美さんの歌声、あまりにも良く覚えています。この大ヒットに、真理さんの筒美京平作品は埋もれてしまったのでしょうか・・・・

  秋冬春夏さん★木綿のハンカチーフ★ 大田裕美/1975年(S50)

  hosodaさん 太田裕美 木綿のハンカチーフ 2012 O.A.

 Wikipediaによる解説は次の通り。
『「木綿のハンカチーフ」(もめんのハンカチーフ)は、太田裕美の楽曲で、4枚目のシングル。1975年12月21日に発売。発売元はCBS・ソニー。太田最大のヒット曲であり、累計売上枚数は、オリコンの統計では86.7万枚、ミュージック・リサーチ社の発表では150万枚以上。
 名目上は、1975年12月5日に発売された3枚目のアルバム『心が風邪をひいた日』からのシングルカットであるが、実際にシングル盤では新たに録音し直された。これは、歌詞を一部変更し、萩田光雄単独の編曲によるアルバムバージョンに筒美京平が若干アレンジを加えたためである。(以下略)』

 さて、話題は変わりますが、 2013年、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」が、若者を中心に大ブームになり、放送終了した秋、毎日ドキドキして楽しく見ていた日々が終り、その深い喪失感が「あまロス」と呼ばれ、社会現象となりました。NHKはその年の紅白歌合戦で、毎日の放送と同じ時間の15分枠を確保して、あまちゃん最終回のショーをしてくれました。次の小生の拙い作品は、「あまロス」をテーマに、あまちゃんにさよならをした作品です。音楽は、真理さんの曲を色々聞いて、レインステーションを選び、拝借しております。




 この動画はドラマあまちゃんと能年玲奈ちゃんのファンの方々でしょうが、意外と人気があります。三脚も使わず手ぶれのビデオ画像ですが、検閲の厳しい状況下では、かえってよかったのかもしれません。能年玲奈ちゃんは今、所属事務所と問題を抱えていて、ドラマや映画の出演が出来ない様子ですが、2016年、なんとか元気になって、飛躍の年にしてほしいものです。

 それにしても、上のあまちゃんエンディングの動画は、私の作品では最多の視聴回数です。もちろん、あまちゃんの人気が大きいのですが、天地真理さんの「レインステーション」の素晴らしさもありますよね。ご友人の太田裕美さんの「木綿のハンカ―チーフ」と併記してみると、どちらも松本隆氏と筒美京平氏の名コンビによる秀作曲。「レインステーション/家なき子」は、すでに、大物アイドルであった天地真理さんにとっては、長く歌い継いで、想い出のセレナーデのように、真理さんを代表するヒット曲となってほしかった気がいたします。


プロフィール

hatogairu kouen

Author:hatogairu kouen
大津波の甚大な被害は住民にも地域にも大きなPTSD(心的外傷後ストレス障害)。「夏を忘れた海」と生きる人々の心の復興を願う。三陸海岸K市育ち,杜の都在。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ようこそ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR