FC2ブログ

MR07 宮澤賢治 星めぐりの歌


 大震災2011年3月11日から、三度目の冬、そしてもう少しで三度目のお正月になります。心の洗われる歌、音楽は傷ついた心にはとても良い薬です。

めがね橋

   宮守鉄道橋ライトアップ(JR釜石線:花巻-宮守-遠野-釜石)

   madoka1992さん「星めぐりの歌」

   ○星めぐりの歌
   作詩・作曲 宮澤賢治

   あかいめだまの さそり
   ひろげた鷲の  つばさ
   あをいめだまの 小いぬ、
   ひかりのへびの とぐろ。

   オリオンは高く うたひ
   つゆとしもとを おとす、
   アンドロメダの くもは
   さかなのくちの かたち。

   大ぐまのあしを きたに
   五つのばした  ところ。
   小熊のひたいの うへは
   そらのめぐりの めあて。

MW22 銀河鉄道の夜(宮澤賢治)その1

  
 9月は台風も多いですが、やはり残暑。真夏に書いた概要記事のうち、「銀河鉄道の夜」を書籍で読み直しているので、改めて掲載したいと思います。
 先週、9月11日の日曜日、宮城県内の石巻市街、女川町市街を、町内会の小旅行で見学してきました。確かに外面的な復興は進み出しましたが、かさ上げや復興住宅は、震災から5年たった今、本格化しているとのことでした。

 女川駅20160911-1

  復興した石巻線の女川駅舎(2016.9.11)。子供たちの声が明るい。
  駅舎入り口に足湯、二階に温泉浴場がある。


 さて、銀河鉄道の夜は、主人公のジョバンニが学校の授業で銀河系の話を聞き、病気がちのお母さんに牛乳屋さんから牛乳を取って来たり、印刷屋で活字をひろうアルバイトをしたりし、そのうち町の「銀河の祭り」の夜、疲れて丘の草原で寝込んでしまう所から始まるお話しです。

 最初は銀河鉄道に、仲良しのカンパネルラと一緒に乗っているのですが、ふと気づくとカンパネルラの姿が消えているのでした。ジョバンニは不思議な白鳥座ステーションによったり、途中から乗ってきたタイタニック号の沈没で亡くなった子供と付添いの青年とお話しをしたりします。

 この物語は、ちょっと難解な大人の童話なのです。最愛の人が急に亡くなった悲しみを、乗り越えていこうとする心の持ち方を、深遠で美しい銀河系の列車の旅という形で、語りかけてくれる意味の深いお話しなのでした。・・・

  銀河鉄道夜空を行く
 
  銀河鉄道宮守めがね橋日昼

 JR釜石線めがね橋を行く「SL銀河」 宮守/柏木平 (盛岡タイムス 絵葉書) 

「銀河鉄道の夜」構成とあらすじ
 この物語は、賢治にとっても大切な作品で、やはり亡くなった愛する妹を想って作った作品と思われます。
 作品は何度も構成を変えて修正されており、最終版では次のような構成と内容になっています。
 ただし、章立ては、一の午後の授業から、九のジョバンニの切符までしかありません。特に、九章は長く、最も銀河鉄道が様々な光景を見、同乗してきたタイタニック事故の犠牲者とみられる姉弟の子供たちと家庭教師の青年と会話し、銀河の悲しくもきらびやかな景観を走馬灯のように映し出し、銀河鉄道の短い列車は、南十字星ステーションまでひた走るのでした。

 一、 午後の授業
 二、 活版所
 三、 家
 四、 ケンタウル祭の夜
 五、 天気輪(てんきりん)の柱
 六、 銀河ステーション
 七、 北十字とプリオシン海岸
 八、 鳥を捕る人「白鳥区」
 九、 ジョバンニの切符「鷲の停車場」
  十、 突然の同乗者「氷山と客船」
  十一、りんご
  十二、「かささぎ」と孔雀
  十三、新世界交響曲とインディアン
  十四、双子のお星さま
  十五、サソリの火
  十六、サザンクロスと石炭袋
  十七、覚醒、そして親友の水難事故死
 
  銀河軽便鉄道最終下り列車青木由有子

  宮沢賢治 「銀河軽便鉄道最終下り列車」/ピアノソロ 青木由有子

 名作といわれる「銀河鉄道の夜」は難解とも言われますが、何回か読み込むと意外と少しずつ意味が分かってきます。確かに何度も重ねて書き直した賢治ですが、ものがたりの構築力は素晴らしいですね。

一、 午後の授業
 七夕がモデルとも言われるこの物語の 「銀河の祭り」。その日の学校の授業です。先生はレンズのような銀河のモデル、当時の宇宙の学説を分かりやすく教えます。このレンズが実は無数の星の集まりであることを生徒に答えさせようとします。が、あてられた主人公ジョバンニ少年は、お父さんが遠洋漁業で拿捕されたかとらわれていて、お母さんが病床のため、朝に夕にアルバイトで忙しく、ボーっとして、確かに答えられないでいます。そして、答えられないことをにやにや笑って見ているいじめっ子のザネリ少年、そしてジョバンニの不遇をよく知り、次に先生にあてられても答えようとしない親友のやさしいカンパネルラ君が登場しています。

 二、 活版所
 ジョバンニ君は、学校帰りに、町の活版所で、活字をひろうアルバイトをしています。同じ組の少年たちとカンパネルラ君は銀河の祭りで川に流す灯りをこさえるため材料の「烏瓜(からすうり)」を取りに行く相談をしています。しかし、毎日はたらいて家計を助けなければならないジョバンニ君、友達の輪を素通りし、まっすぐ大人の職場の活版処へ行かねばなりません。夕方六時過ぎまで働き、その日のアルバイト料に小さな銀貨を得ます。さっそくパン屋でひと塊のパンと角砂糖を買って、母の待つ家に一目散に走りだすのでした。

 三、 家
 家では、病に臥していますが、やさしいおかあさんと会話し、先に来て帰ったお姉さんのおいていったトマトを食べます。そして、今晩の「銀河の祭り」や学校のともだちの話をします。また、今日配達されるはずだった牛乳が届いていないことが分かり、ジョバンニ君は牛乳屋さんに行くことにします。秋で夜涼しいので、窓をしめてあげるジョバンニ君でした。

 四、 ケンタウル祭の夜
 家から牛乳屋さんに急ぐ途中のお話し。坂下の街灯がジョバンニ君を照らし、影が長く伸びます。彼には自分の影が勢いのよい蒸気機関車のように見えるのでした。
 道すがら不意に、いじめっ子のザネリに出会い不快な思いをします。しかし、街の時計屋さんのショーウィンドウで、きれいに飾った望遠鏡や星座版を見て、つかの間の楽しみを感じるジョバンニ君でした。
 そして、町はずれのポプラの木が幾本も並ぶところ(牧場でしょう)、牛乳屋さんに到着したジョバンニ君は、少したって後で取りに来るようにと、具合の悪そうな老女に告げられるのでした。

 五、天気輪の柱
 ジョバンニ君は、時間を待つ間、牧場のすぐ後ろのゆるい丘に登ります。真っ黒な松や楢の林を越えると天の川がしらしらと南から北へ亘っている。頂には天気輪(てんきりん)の柱も見分けられた。(天気輪は詳しくは説明がなく、仏教の五輪塔のようなものと推察されているようです)
 満天の夜空の下の祭りの日の町のにぎやかな灯り、そして小さな窓の列車が汽笛をならして走る様子が見えます。また、眼を空に挙げると、天の川が見えます。
 「ああ、あの白い空の帯がみんな星だというぞ。」ジョバンニ君には、銀河は昼の先生がいったがらんとした真空ではなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のように、自然豊かなところに考えられて仕方なかったのでした。

 六、銀河ステーション
 丘の冷たい草の上に疲れた体を投げたジョバンニ君。いつのまにか、すぐ後ろの天気輪の柱が測量で用いる三角標のようになり、ぺかぺかと点滅を始めました。
 間もなく「銀河ステーション」という声がして、目の前が大小の金剛石(ダイヤモンド)を一度にひっくり返したような輝かしく明るい世界におかれます。
 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗ってる小さな列車が走り続けていたのでした。そして、すぐ前のぬれたように真っ黒な上着を着た背の高い少年が窓から外を見ていましたが、なんと彼こそは親友のカンパネルラだったのです。
 カンパネルラが銀河ステーションでもらった星座版に、天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が南へ南へとたどっていくのでした。銀河鉄道から見える天の川は、きれいな水で、ガラスよりも水素よりも透き通って、紫色の細かな波を立てたり、虹のようにぎらっと光ったり・・・

 七、北十字とプリオシン海岸
 北十字とは白鳥座の主要な星を結んだもので、南半球の南十字星に対して北半球の十字です。列車は「白鳥の停車場」に二十分停まりました。ジョバンニとカンパネルラは、一時列車を降りて夢のように美しい河原を散策します。
 河原には地質学か考古学専門の大学士が、プリオシン海岸で発掘を行っています。(プリオシンとは地質年代の新第三紀最後期、鮮新世[約500万年前から200万年前]のことで、宮澤賢治が北上川の花巻市の河岸の白い泥岩からバタグルミの化石を発見しました。この河岸は、今では「イギリス海岸」と呼ばれる観光スポットとして知られています)

 八、鳥を捕る人「白鳥区」
 赤毛のせなかのかがんだオジサンが乗車してきました。話し方は江戸っ子です。職業は鳥の捕獲です、毎日注文があるそうですが、天の川に舞い降りる多数の鶴や鷺や雁をつかまえます。鳥たちはつかまると足をたたんで板状になり、彼はそれらを束ねて販売しています。
 ジョバン二とカンパネルラもごちそうになりますが、それは簡単に手でもげるチョコレートのようなお菓子でした。宮澤賢治の世界は子供にやさしく、夢があります。

 九、ジョバンニの切符「鷲の停車場」
 車内に車掌が現れました。「切符を拝見いたします。」
 カンパネルラは、小さなねずみ色の切符を出しました。ジョバンニは、さてと困りましたが、なぜか上着のポケットに折りたたんだ葉書大の緑色の紙が入っていました。この紙を見た車掌は姿勢をただし、「三次空間からお持ちですか。よろしゅうございます。南十字(サザンクロス)へ着きますのは、次の三時頃になります。」と告げます。
 ジョバンニとカンパネルラがこの通行証を確かめると、「いちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したもの」で、意味不明です。これを覗いた鳥捕りのおじさん曰く、「おや、こいつは大したもんですぜ。(中略)どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをおもちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまでも行けるはずでさあ。(以下略)」と教えてくれます。
 そうです、二人の乗っている鉄道は『幻想第四次の銀河鉄道』なのでした。
 鳥捕りのおじさんがあんまり通行証をほめるので、きまりが悪くて、二人は窓の外を眺めています。「もうじき鷲の停車場だよ。」カンパネルラが向こう岸の、三つならんだ小さな青白い三角標と地図を見較べて云いました。

 十、突然の同乗者「氷山と客船」
 次に同乗してきたのは男の子とお姉さんの子供二人(姉弟)と家庭教師の青年でした。当時、大きく報道されたタイタニック号の客船沈没事故(1912年[明治45年]4月14日)の被害者とみられる人たちでした。この後は、本当の幸せとはなんだろうという問いかけがテーマとなります。

 すでに、ちょっと長くなりすぎました。物語の要約の続きは次回といたしましょう。

 十一、りんご
 十二、「かささぎ」と孔雀
 十三、新世界交響曲とインディアン
 十四、双子のお星さま
 十五、サソリの火
 十六、サザンクロスと石炭袋
 十七、覚醒、そして親友の水難事故死

(再筆 2016.9.17)

MW22.1 銀阿鉄道の夜(その2)


 宮沢賢治は明治29年(1896)の明治三陸大津波の年に生まれ、昭和8年(1933)の昭和三陸大津波の年に没したことは、宮沢賢治の愛好家には、よく知られた史実です。
 実際、宮沢賢治の生誕は明治29年8月27日、明治三陸津波は同年6月15日。また、賢治の逝去は昭和8年9月21日、昭和三陸大津波は同年3月3日でした。
 ちなみに、明治の津波は午後7時半の地震後、昭和の津波は午前2時半の地震後といわれ、避難の困難な夜間の災害でした。

 先日は、宮城県石巻市の新・北上川の河口付近に位置する大川小学校の80名にせまる生徒たちと教員10名が、裏山が近い立地にも関わらず、川沿いの土手を避難し、大津波にのまれた悲劇に対し、遺族が石巻市教育委員会や県を訴えた訴訟で、仙台地方裁判所の原告勝訴の判決がありました。しかし、直ちに石巻市と宮城県は上告し、遺族も市と県に対する上告取り下げのはたらきかけもむなしく、自ら上告に踏み切ったとの報道がありました。

 2011年3月11日、午後2時46分頃の地震による津波は、確かに想定外の大きな津波災害でしたが、条件の良いところのみならず、平地の続く地区でも生徒たちの多くは、幸運も味方し、教員の努力で助かっている学校が少なくありません。遺族の方々は、防災避難マニュアル等の常時の防災意識や準備、事後の生存者への聞き取り調査の記録消去などの事後処理の問題など、人道的、組織的問題点を訴えているのであって、亡くなられた教員の方々個人を訴えているのではないのです。多数の子供たちが地震後、約1時間して避難の徒歩移動中に亡くなった悲劇に対し、親御さんたちは、必死で訴えているのです。可愛いい我が子を思えば、当然の思いだと思います。仙台高裁で、まだ裁判が続きますが、遺族とその関係者はこれが最後の裁判との思いではないでしょうか。合掌、合掌・・・

 さて、天地真理さんの45周年記念会の前に前半を書いた「銀河鉄道の夜」ですが、続きを書きたいと思います。わたしのブログは、天地真理さんの素晴らしい癒しの歌を、一人でも多くの悲しむ人に聴いてほしい、その一念で始めたもの。同郷の世界にファンをもつ天才詩人の傑作「銀河鉄道の夜」は、その難解さと同時に、美しいきらびやかさと尊厳なテーマをもちます。この物語は、わたしのブログの目的が、隠れファン100万人ともいえる国民的スーパーアイドルに、わたくし個人やこのブログを知っていただくことではないとの、原点に立ち返るには、最適な物語ではないかと思います。当然ですが、私は芸能界やスターとは無縁な一般大衆の、小さな一人にすぎません。

 幸運にも天地真理デビュー45周年記念パーティーに参加し、音楽関係者や親衛隊をはじめとする全盛期からの熱心なファンの皆様に大変お喜びの真理さんのお気持ちを思うにつけ、小生が、真理さんのFaceBookや当ブログで、「真理さ~ん、真理さ~ん」と気安く呼びかけ、ちょっと馴れなれしいのでは、と最近、反省しています。正直、真理さんの熱心なファン、すなわち当時のコンサートに行き、真理さんの生録音や生写真を宝ものとし、レコードやブロマイド、はたまた関連グッズを大切に所有する生粋の「真理ちゃんファン」の皆様と、直接あるいはネット上で会話し、僕ぁちょっと違うなぁ~との思いがあるのは隠しきれない正直な感想なのです。

  文庫銀河鉄道の夜2016-200

 では、本題に戻りましょう。「銀河鉄道の夜」の後半は、タイタニック号の沈没で溺死した三名の乗車から始まります。

1)青年と二人の姉弟の登場・・・突然、乗車する三人の客
 カンパネルラ 『何だかリンゴの匂いがする。』
 ジョバンニ 『野茨(のいばら)の匂いもするよ。』(今、秋だから、その筈ないけれど)

 「そしたら俄かにそこに、つやつやした黒い髪の六つばかりの男も子が赤いジャケットのボタンもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがた震えて裸足で立っていました。」
 「黒い服をきちっときた背の高い青年(二人の姉弟の家庭教師)」が男の子の手をしっかりひいて立っていました。
 『あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。』青年の後ろに十二ばかりの眼の茶色な可愛らしい女の子が黒い外套を着て、青年の腕にすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。

 男の子曰く『だけど僕、船に乗らなかったらよかったなぁ』。泣いている姉。
 青年曰く『私たちはもうなにも悲しいことないのです。私たちはこんないいところを旅して、じきに神様のところに行きます。』

 すでに同乗していた灯台看守「あなたがたどちらから・・・」
 『氷山にぶつかって船が沈みましてね。・・・(沈みゆく船で数少ない救命ボートへ乗船したものと乗船できないものとの葛藤)・・・この方たちのお母さんは一昨年なくなられました。』・・・青年の極限状態のお話は、その情景を眼前のものとして一気に語るのでした。

 主よみもとに近づかん 賛美歌320番 歌詞付き

 灯台看守の慰め 『何が幸せかわからないのです。本当にどんなつらいことでもそれが正しい道を進む中での出来事なら峠の上りも下りも本当の幸福に近づく一あしずつですから。』・・・青年の祈るような答え『ああそうです。ただ一番の幸いに至るために、いろいろな悲しみもみんなおぼしめしです。』

 「そしてあの姉弟(きょうだい)はもうすっかり疲れてめいめいぐったり席によりかかって睡(ねむ)っていました。さっきの裸足だった足にはいつか『白い柔らかな靴』をはいていたのです。」・・・白い柔らかな靴・・・童話作家でもある賢治の妹思い、子供思いのやさしい本当の心がわかるシーンです。

 賛美歌310番「しずけきいのりの」♪/歌:森山良子

 その後、車窓からの銀河の世界の光景は、ダイヤモンドを散りばめたきらびやかな夢のような銀河、りんどうの咲く野原、空を覆い尽くすような多数の渡り鳥を誘導するゆるい服を着た謎の人、コロラド高原や河谷のような雄大な景色、架橋する工兵部隊、鳥を追い射止めるインディアンたち、どこからともなく聴こえる「讃美歌」や「新世界交響曲」、赤く燃えるさそり座を示す「三角標」の数々(当時、三角点測量に使わていた櫓がモデルともいわれる)とダイナミックに移り行き、この光景に搭乗者が車窓から身を乗り出す如くに感嘆したり、仲良く会話を楽しみつつ、列車はサザンクロス(南十字星)を目指すのでした。

 宮澤賢治は、法華経の熱心な信徒でしたが、少年の二人の名前からイタリアを舞台とするとされるこの物語では、タイタニック号の遭難者に敬意をはらう意味でも、全編、キリスト教の精神で神(キリスト)が治める天国・パラダイスを描写、表現しています。(注)
 (注)仏教の行いと輪廻の思想も含まれています。

 北日本は、もう晩秋。仙台はイチョウの葉も落ちて「木枯らし」が舗道に吹いています。そうでした、ついこの間、札幌は、北海道は大雪でしたね。もうじき12月、クリスマスもあと一か月余りです。クリスチャンにはなじみの華やかな讃美歌ということでしょう、日本名「さやかに星はきらめき」"Oh Holy Night"を、イギリスと日本の教会での合唱でお聴きください。

 O Holy Night : Kings College, Cambridge/第二讃美歌「さやかに星はきらめき」

 讃美歌第二編 219番 「さやかに星はきらめき」 鹿児島加治屋町教会 2013.12.24夜


つづく

MW22.2 銀阿鉄道の夜(その3)


 関東、関西はさくらは満開のピークを過ぎたのでは。天地真理さんは真保さんやお友達とお花見、いかがでしたでしょうか。
 仙台は満開が近づいたようですが、今日は肌寒いです。わたしは家内と週末、市内か県内の名所に花見に出かけたいと思います。
 小生は、年度末の成果品の納品がちょっと大変でしたが、四月になっても、間をおかず、復興などの工事発注業務のための直しが続いており、ちょっと精神的に疲れて本日は有給休暇(最近の深キョンのテレビCMだとYOU-CUTE?)をとって休んでいます。
 また、このようなときに真理さんの特集ラジオ深夜便があったりして、趣味とはいえ熱を入れすぎました。
 ここは、郷里の詩人「宮澤賢治」にまた戻り、普通の精神状態に戻したいと思います(笑)。

 さて、「銀河鉄道(その2)」では、物語後半の「十、突然の同乗者」について詳しく書きました。いわば、起承転結の転にあたる内容です。今回、その3では、物語の終盤について書きたいと思います。
 このお話は、突き詰めるとジョバンニと親友・カンパネルラのお話しです。カンパネルラは、実は銀河の祭りの夜、からす瓜の灯篭を川に流すために乗った船から投げ出され、ジョバンニのいじめっ子を助けて自らは溺れ行方不明となったのでした。ジョバンニはうたたねした丘で目覚めて、銀河鉄道の旅は、カンパネルラにとっては天国への死者の旅だったことを悟るのでした。
 この物語は賢治によって何度も推敲された未完の物語と言われています。「死」がテーマの世界水準の文学とも言われ、「ほんとうのさいわいとは一体何だろう」と問いかけているのです。

銀河鉄道の夜草稿第一葉-500
 宮澤賢治「銀河鉄道の夜」の草稿第一葉 /ロジャー・パルバース NHK100分de名著(2011年12月),巻頭より

【後半の内容】
 十、突然の同乗者「氷山と客船」
 次に同乗してきたのは男の子とお姉さんの子供二人(姉弟)と家庭教師の青年でした。当時、大きく報道されたタイタニック号の客船沈没事故(1912年[明治45年]4月14日)の被害者とみられる人たちでした。
 
 十一、りんご
 おいしい大きなリンゴを、車内のみんなでごちそうになります。農学校の先生で、自らも農業をしていた宮澤賢治。品種改良の動向にも詳しかったのでしょう。また、ほかに何かの象徴の意味もあるのでしょうか。
 リンゴは、いまでこそ「炬燵にみかん」と言われる時代ですが、戦前から戦後1960年代までは、日本人にとって、特に北国の人たちにとっては最も好まれた果物はリンゴ(林檎)だったのではないでしょうか。蜜のはいったデリシャスという品種もありました。
 当物語では、ジョバンニが星祭の夜、小高い丘から見た夜行列車の中に、リンゴを食べたりして楽しく旅する乗客を連想しています。また、氷山との衝突の海難事故者3名の登場は、リンゴのおいしい香りがした直後でした。

 2016いわてりんご冬恋jA
 2016年 岩手りんご新種「冬恋」販売キャンペーン(岩手県達増知事と能年玲奈)
 
 「いかがですか。こういう苹果(りんご)はおはじめてでしょう」 向こうの席の灯台看守が、黄金と紅でうつくしく色どられた大きな苹果を落とさないように両手で膝の上に抱えていました。・・・同乗者の大人もこどもも、大切にリンゴをいただきます。お姉さん(かおるねえさん)はやっとお目覚めですが、男の子(たーちゃん)はまるでパイを食べるように食べています。
 「また、せっかくむいたそのきれいな皮も、くるくるコルク抜きのような形になって床に落ちるまでの間にはすっと灰色に光って蒸発してしまうのでした・・・」

 十二、「かささぎ」と孔雀
 ジョバンニ、カンパネルラ、同乗者の女の子、空行く多数の渡り鳥に目を奪われます。ゆったりとした服の男が、鳥の群れを誘導します。見事な自然の光景が浮かび上がります。
 カンパネルラは女の子と楽しそうに渡り鳥、孔雀の話で盛り上がっています。けど、少年ジョバンニは嫉妬して機嫌が悪いのです。女の子にではありません、ジョバンニとどこまでも二人仲良く旅したいのでした。

 十三、新世界交響曲とインディアン
 車窓にまでながれるドヴォルザークの新世界交響曲。そして空行く鳥を打つ馬上のアメリカインディアンたち。タイタニック号の死者と思しき同乗者は、ヨーロッパからアメリカへ帰る途中でした。アメリカが故郷の人たちでした。

 Antonin Dvorak - New World Symphony Part II Largo 

 崖の上を行く銀河鉄道。川は深い谷の底を流れています。まさにコロラド渓谷(グランドキャニオン)に似ています。
 見渡す限りのトウモロコシ畑、いわゆるデントコーン畑でしょうか?

 ここで、工兵部隊が架橋演習中です。火薬で川に発破し、魚をとるシーンが挿入されています。これも何を暗示しているのでしょうか?

 十四、双子のお星さま
 空の星座を守る宮の双子のお星さま。賢治の童話「双子の星」に出てきます。

 星めぐりの歌.wmv/reinhot6 さん

 017夜空アンドロメダ7476b

 十五、サソリの火
 わがままなサソリの事は、上の「双子の星」に出てきますが、ここでは普段、たくさんの小さな虫などを殺して食べていたサソリがある日イタチに食べられそうになり井戸に落ちて溺れ死ぬ際、みなの幸いの為にこの身をお使い下さいと神様に祈るお話しです。このように、人は誰もがこの身を焼いてでも、他人に尽くすべきでしょうか・・・

 宮沢賢治・銀河鉄道の夜「さそりの火燃える」 歌・青木由有子

十六、サザンクロスと石炭袋
 天国への終着駅は「南十字星」すなわち「サザンクロス」です。

「もうじきサザンクロスです。おりる支度をして下さい。」青年がみんなに云いました。
「僕、も少し汽車へ乗ってるんだよ。」男の子が云いました。
ジョバンニがこらえ兼ねて云いました。「僕たちと一緒に乗っていこう。僕たちどこまでだって行ける切符を・・・」
「だけどあたしたちもうここで降りなきゃいけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだから。」女の子がさびしそうに云いました。
「さあもう仕度はいいんですか。もうじきサザンクロスですから。」

 悲しいですがお別れです。「じゃさようなら」女の子がふりかえって二人に告げました。・・・Mさんなら「また逢うためにさようなら」と歌うのでしょうか。
 ここまでが、突然の同乗者との旅。天国への旅路でした。

 見えない天の川のずっと川下に青や橙やもうあらゆる光でちりばめられた十字架がまるで一本の木という風に川の中から立って、かがやきその上には青白い雲がまるい環になって後光のようにかかっているのでした。・・・

 他の乗客が下車し、また二人っきりになったジョバンニとカンパネルラの最後の会話が始まります。

「カンパネルラ、また僕たちふたりっきりになったね。どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸いのためならば僕のからだなんて百ぺん灼(や)いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」

「けれどもほんとうのさいわいは一体なんだろう」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カンパネルラがぼんやり云いました。

 ここで、南十字星のα星の真東にある暗黒星雲、「石炭袋」(コール・サック Coalsac)を初めて見てドキッとするジョバンニ。ただし南半球では、昔からよく知られているのですね。

 コールサック南十字星Wikip

 石炭袋南十字星写真img_1

「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうの幸いを探し行く。どこまでも一緒に・・・」
「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいなんだろう。みんな集まっているね。あすこが本当の天上なんだ。あっあすこにいるのは僕のお母さんだよ。」カンパネルラは指さして叫びました・・・

 ジョバンニとカンパネルラ
   銀河鉄道の夜 宮澤賢治/ロジャー・パルバース 
   NHK100分de名著から p53.

 久石讓- 銀河鐵道之夜.wmv

 十七、覚醒、そして親友の水難事故死
 「ジョバンニは目をひらきました。もとの丘の草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱り、頬につめたい涙が流れていました。ジョバンニはばねのようにはね起きました。」そして、牛乳屋さんでお母さんの為にまだ熱い牛乳を受け取って町に出ると、橋のそばで七、八人集まってヒソヒソ話をする女性たちから、「こどもが水に落ちたんですよ。」と聞かされます。

 駆けつけたジョバンニは、学校の友だちから川に落ちたザネリの身代わりでカンパネルラが川に入って見つからないことを知らされました。橋の上の大勢の人たち、白い服を着た巡査、魚をとるときのアセチレンランプがたくさん行ったり来たり・・・。
 「下流の方は川幅いっぱい銀河が巨きく写ってまるで水のないそのままの空のようにみえました。」
 「ジョバンニはそのカンパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたなかったのです。」

 カンパネルラのお父さんは博士とよばれる紳士。夜の川に投げ出された息子の捜索が長引き、時計を見て冷静にあきらめています。「もう駄目です。落ちてから45分たちましたから。」そして、拿捕されていたジョバンニのお父さんの帰国情報を知っており、ジョバンニに、病身のお母さんのもとに帰るよう促すのでした。

 冨田勲 イーハトーヴ交響曲 東北から響け! 宮沢賢治の世界

 
 地元・岩手県で大切にされる宮澤賢治と銀河鉄道 「SL銀河」JR東日本盛岡支社

 
 冬の花巻~遠野行き SL銀河 めがね橋を行く

 賢治いわく「永久の未完成これ完成である」(農民芸術概論綱要)
 構成を大きく変えて四稿し、なお手元において推敲していた「銀河鉄道の夜」は、宮澤賢治が世界の誰にも伝えたいと考えた物語なのではないでしょうか。
 このブログでは、三回に分けて学びましたが、各所にちりばめられた銀河宇宙の壮麗な表現、また解釈のむずかしい会話や人物など、奥の深い作品であります。賢治の他の作品と共に、人生後半、まだまだ、考えて行きたいと思います。

 なるほど・・・いつまでも どこまでも・・・です。

[参考文献]宮澤賢治スペシャル-16作品が照らし出す心の真実-山下聖美(きよみ),NHKテキスト 100分de名著,2017.3

 2017年5月21日加筆 (ひとまず終わり)
プロフィール

hatogairu kouen

Author:hatogairu kouen
大津波の甚大な被害は住民にも地域にも大きなPTSD(心的外傷後ストレス障害)。「夏を忘れた海」と生きる人々の心の復興を願う三陸海岸K市育ち。杜の都在。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ようこそ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR