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BL 07 紅白歌合戦


 天地真理は、紅白歌合戦には1972年、1973年、1974年と3度出場している。
 初出場は「ひとりじゃないの」、2度目は「恋する夏の日」、そして3度目の出演が「想い出のセレナーデ」である。各回のパフォーマンスは、次のようにいずれも特徴的なものであった。アイドル天地真理、歌手・天地真理は、大晦日の夜、あまねく全国の家庭に、元気で美しく極めてやさしい美声を届けるとともに、大いに幸せな気持ちをプレゼントした。さすがに「初代・国民的スーパーアイドル」である。

・第一回紅白出場(1972年) 曲名「ひとりじゃないの」
 白いスーツ。パンツスタイル。相良直美の司会で、初出場でトップバッター。会場も紅組も皆を虜にして、歓びいっぱいに堂々と歌い上げる。声楽家、天地真理を日本全国のお茶の間に知らしめる。歌合戦の途中、美空ひばりと相良直美は、天地真理と一緒に舞台上のマイクに集まり、天地真理の歌唱をほめた。
 当時は、レコード大賞の時間帯の後、引き続いて紅白歌合戦が行われた。この年、天地真理は、第14回日本レコード大賞大衆賞を受賞し、「水色の恋」ピアノ演奏と「ひとりじゃないの」歌唱を披露した。その興奮冷めやらぬまま、紅白のトップバッターで「ひとりじゃないの」を熱唱した。さび直前で、天地真理は次節に力をためるかのように低い位置で左手を小刻みに動かし、さびでパワーを開放し伸びやかに熱唱する。歓びは熱を帯び、声楽家として歌い切った満足な微笑みを満面にたたえる。まさに、歌手・天地真理、後年語る「歌は美、Lovely、浄化、いっぱいあります。たくさんの人の前で歌うとき、私の一番の幸せな時間です。歌、大好きです。」をわが身全身で表現した。
 当初より、アイドルが歌手をしているのではない、歌手がアイドルをしているのだ。

  紅白ひとりじゃない002

    ひとりじゃないの(紅白歌合戦初出場)

  佐良直美/「オー・シャンゼリゼ」(1972 )白のスーツ真理さんいます

・第二回紅白出場(1973年) 曲名「恋する夏の日」
 上下白のテニススタイル。ミニスカート。スクールメイツを従えて踊り、歌う。軽井沢、テニスコートの恋を想定したヒット曲。紅白両軍入り乱れてテニスボールを投げ合うが、歌っている真理さんの頭にボールがあたり、真理さんはペコちゃんのように横目であれ?何かしら?という茶目っ気で、明るくかわいい表情をした。アイドル天地真理を代表するステージだった。

  紅白恋する夏001

  紅白恋する夏002

  紅白恋する夏003


  「恋する夏の日」歌唱中、真理さんの天頂に赤いボールがジャストヒット
    ・・・紅組の誰かしら?テニスボールが来るわ~♪?

  佐良直美/「世界は二人のために」 (1973) 真理さんはどこかなぁ~

・第三回紅白出場(1974年) 曲名「想い出のセレナーデ」
 この「想い出のセレナーデ」を歌う際に、紅組キャプテン佐良直美が当時日本で初公開されたダ・ヴィンチの『モナ・リザ』にちなみ「微笑(ほほえみ)といえば天地真理さん」と紹介したが、歌っているときの天地は憂いを帯びた表情が大半で、それが何とも言い表せない可憐絶妙な魅力を醸しだしていた。
 黒色のロングドレス、白いVカットの襟、静かに歌い出し、二番からステージ中央のテラスに歩み出て、歌い上げた。それまでの憂いを帯びた雰囲気から、曲のさびでは、彼女は、一瞬ではあるが、いつもと同様に歌う喜びと優しい微笑みを表現したことを、テレビカメラは確かに映しだしていた。
 会場から「真理ちゃん」と少年の声がする。冠番組の放送時期だからか。しかし、真理ちゃんの歌は、もはやアイドルではない、歌手・天地真理である。彼女は明るく豪快に歌うことが好きだったが、ここでは声をひそめ、歌の世界に没入し、大人の「天地真理ワールド」を表現したのである。(えっ!ノンスマイル作戦?・・・プレミアム・ボックス解説書より)

  想い出セ038-200


  紅白想い出のセレ001

  天地真理/想い出のセレナーデ
    第三回紅白出場
    想い出のセレナーデを熱唱する天地真理

  アグネス・チャン_ポケットいっぱいの秘密_紅白
    天地真理さんも南沙織さんらとアグネスのバックで踊りました。
    開演そうそう、”ノンスマイル作戦”、始まっていました。

  佐良直美/「花のフェスティバル」(1974) ピーナッツも真理さんもいるよ


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BL 07.1 恋する夏の日(1973.7.1)


○恋する夏の日(1973年7月1日発売)
 作詞:山上路夫、作曲:森田公一、編曲:馬飼野俊一;オリコン1位獲得

  恋する夏の日テニスラケット  photo イメージは軽井沢


   恋する夏の日DVD06

  『恋する夏の日』/天地真理

 2013.6.1 新宿での「私は天地真理」スクリーンコンサートで握手会、真理さんのお目目の間隔がこの画像と同じでした。本物のあかし!JJJJJでした。

 2014.3.15のFM軽井沢(パーソナリティ穂志野弓子さん)によると、真理さんは、次のように述懐されています。

「最初振り付けの先生から指導を受けた時、手の出し方はできたけど、足を使っての小鹿のステップが出来なくて、自宅でも練習してやっと出来るようになりました。もともと運動神経ゼロだった私は、その後ステージでの踊りはこうしてだんだん出来るようになったのです。」

 真理さ~ん、なかなかどうして、素晴らしいパフォーマンスですよ~ん!リズム感、抜群です。おみ足も超美しい。若々しく、可愛らしさ、グンバツです!!!
 

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BL05.4 ファッションとジャケット撮影


 「天地真理 GOLDEN☆BEST, CD歌詞カード,天地真理セルフ・ライナーノーツ (2013.4.16)」より、真理さんのお話しです。

【ヘアスタイル】
 当時はまだヘアメイクやスタイリストの人たちがいない時代で、髪も服も、全部自分でやってました。最初の頃のウルフカットはね、青山の美容院で「やってみないか」って言われたのがきっかけ。誰もそんな髪型にしていなかったのに、私がテレビに出たら急に流行っちゃったんですよ。でも、同じヘアスタイルって飽きてきますよね。それで短くしたり、マッシュルームにしたり、パーマをきつめにかけてみたり、いろいろ変えていった感じですね。私、今でもそうなんですけど、髪の毛の量がすごく多くて。だから、ショートばかりでした。

 ジャケット撮影の時はスタジオとかに入る前に美容院へ行くんですけど、髪をやるのに1時間半はかかりますからね。朝9時からの撮影だったりすると、前の日が遅くても5時には起きないといけないの。だから私、早起きなんです(笑)。
「ふたりの日曜日」のジャケット撮りの日は、朝から雨が降っていて。雨だと髪が濡れてぺしゃんこになつちゃうから、それが気になってね。でも、スタジオには行かないといけないでしょう。まあ、しょうがないかと思いながら撮っていた覚えがありますね(笑)。

手仕事屋001

koshigayahondaさん”とり”手仕事屋


【衣装】
 スタイリストさんがついたのは「想い出のセレナーデ」の頃からだったかな。ちなみにレコードジャケットのお洋服は、「水色の恋」が銀座の鳥居ユキさんのブティックで買ったもの。「ふたりの日曜日」の赤いブレザーは青山のBA-TSU、「夕陽のスケッチ」のスーツはイヴ・サンローランでした。ドレスとかステージ衣装は既製品ではなく、私がデザイン画を書いて、渡辺プロがお願いしてた方の所で作ってもらっていました。

【写真撮影】
 カメラの前に立つと、いつも笑ってました。カメラマンの方は,やっぱり笑顔を求めるんですよね。デビューの頃は自分の部屋にあつた大きな鏡の前でニコッと笑って、こんな感じでいいかなって練習したり。でも、そういうことも苦じゃなく、楽しかったですね。
 「水色の恋」の時は、ジャケット撮影が初めてだったのでとても緊張しました。撮ったのはかなり早い時期だったと思います。私は歌手デビューよりドラマが先だったんですが、それよりも前でしたから。最初はアイドル路線じゃなかったので笑ってませんね(笑)。
 「若葉のささやき」も笑っていませんが、これは篠山紀信さん。さすが撮り方がうまいですよね。「恋する夏の日」のシングルも篠山さんで、ロンドンの公園で撮影しました。

恋するジャケット


 渡辺プロの渡辺美佐さんや作詞家の安井かずみさんも一緒に、イギリス、・フラシス、それからスペインへ遊びに行った時のものです。「平凡」の取材も兼ねてたかしら?そういえばこの時、ジョーン・パエズに会ったの。憧れの人だったから、とても感動しました。彼女は離婚したばかりでちょっとピリピリしてたんですけど、ほっぺたにキスしてもらいました(笑)。
 外で撮影したものは、場所もよく覚えているんですよ。「想い出のセレナーデ」は六本木にあったパブ・カーディナルというレストラン。ミュージカルの主題歌だった「初めての涙」は代々木公園。「愛のアルバム」は「明星」の取材で地方に行った時の写真で、能登半島だったかな?「夕陽のスケッチ」は新宿御苑。「愛の渚」は原宿で、手に持っているのはクリームソーダ!とっても好きだったの(笑)。

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BL 08. 母の愛


 母は保育園の調理師などの仕事をし、女手一人で天地真理を育てた。
 天地真理は、母の深い愛情を存分に受け、かつ日頃、栄養を考えた、おいしい母の料理を食し、特に大きな病気をすることなく元気に成長した。
 娘のアイドルとしての大活躍が始まると、1973年の7月19日、天地の母が東京・新宿に小料理店「てまり」を営業開始した。この開店日には、娘の天地真理が必ずや来るだろうと考えた多くの青年が店に押しかけたが、天地真理は現れなかった。彼女は盲腸の手術で入院していたのである。残念!!
 開店直後、某ラジオ番組で、母子ともに登場したときは、親子の深い絆を視聴者に印象付けた。
 同店は1980年6月の閉店まで天地ファンの集いの場として連日賑わった。

  お母さんと
   お母さんと一緒です

  PAKURONさん 『てまり』の真理ちゃん 1973/9

  bellwood58さん 天地真理 TBS奥さま8時半です「親子でどうぞ」1976.7.27

 昭和47年(1972.11.16)の第3回日本歌謡大賞放送音楽賞受賞式。お母さんが、和服の正装でおいででした。涙する母と娘。しかし、真理さんは立派です。涙を見せずに堂々と「ひとりじゃないの」を歌いあげました。

  marinohiko_yamanoさん 授賞式

 次は、母との書簡をドラマのように歌にした名曲。何度も「お母さん」とやさしく語りかけ、かわいい感じ。

  tadashi20090628さん「返信」

  また、真理さんは後年、その著書で、母と離婚した実父については次のように語っています。

 「母から父のことを打ち明けられたのは、高校1年のときです。それまでは、父は私が生まれてからすぐ亡くなったと、母から教えられていました。もう、高校生ということで、母も私に打ち明ける気になったのだと思います。「あなたのお父さんとは、あなたが2才のときに別れたの。お母さんのせいで、寂しい思いをさせてごめんなさいね」「お母さん、私、知ってたよ。気にしなくていいから」私は必死の笑顔でそう答えました。
 本当はそのとき、初めて知ったことでした。でも、母の顔を見ると「ここで私が泣いたら、お母さんを悲しませる」そう思い、必死に笑顔を作ったのです。私に泣かれるのを覚悟していた母は、ホッとした表情でした。母の顔を見て「これでよかったんだわ」と私は自分自身にいいきかせました。その夜、私はベッドでひとり、気のすむまで泣きました。」
(天地真理著『スリムになるってステキなことネ』p.23~24)

   江島達也氏の花
     青空に白き華こそ天地真理!

     江島達也さんブログ:こんな音楽の先生に習いたかった

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BL 09. 海の歌


 天地真理は海が好き。したがって、海の歌が多い。
 代表的な歌は・・・・

 「恋人たちの港」(作詩:山上路夫、作曲:森田公一)・・・1974年2月1日発売。港は夜の横浜をイメージ。軽やかに歌い踊る、独特のリズムと体の動きが、美しく、優しく、魅惑的である。天地真理の音楽性とアイドル性が存分に融合した優美な歌唱であった。本人は、まだ見ぬ「ギリシャ」をいろいろ想像して歌っていたとのこと。静かな歌でロマンチック、天地真理の好きな歌だった。

   ギリシャの海と船

 「恋と海とTシャツと」(作詩:安井かずみ、作曲:森田公一)・・・シングル10曲目の作品。明るく、踊り付きの歌唱。発売日の当日、1974年6月1日、葉山マリーナで第1回天地真理杯ヨットレースが開催された。動画サイトには、めずらしく右腕、右手で調子をとる元気な踊りを見せている。真理さんは、最近、「明るい曲だから、テレビ局では明るく歌うんだけど、家に帰ると不安になって。絶頂の人気をずっと保つわけにはいかないことは分かっていましたから・・」とその頃の心境を語っている。

 「愛の渚」・・・1976年7月21日リリース。岩谷時子の作詩で、作曲には弾厚作こと加山雄三を起用。間奏では“幸せだわ 私”という台詞も入るなど、このコンビの名作「お嫁においで」「君といつまでも」を彷彿とさせる典型的な若大将ソング。同時期の加山のシングル「ぼくの妹に」と対をなし、若大将と白雪姫のコラボレーションという企画色豊かな楽曲であった。海を愛する彼氏に、若々しく話しかける天地真理である。

   水色セーラー服_天地真理さん

   セーラー服姿もかわいい。やはり水色がよく似合う。

 「夏を忘れた海」(作詩:安井かずみ、作曲:森田公一)・・・・恋しい人を思う哀歌。天地真理がコンサートで好んで歌った。ファンには1979年のスペシャル・シングルが有名。この音源は、プレミアム・ボックスのDisc2に収められている。天地真理は、1976.12.5の前作「夢ほのぼの」発表直後から甲状腺不調を理由に一時休業に入ったが、体調は一進一退を繰り返し、カムバックには2年半の歳月を要した。まずは森光子、森田公一同席のもと記者会見を開き、TBSラジオ「森田公一の青春ベストテン」のDJとして復帰。このシングルは休養中も応援し続けたファンクラブ会員のためにプレスされたもので、以前から人気の高かったアルバム曲(「明日へのメロディー」1972.12.21に収録)をリアレンジしたもの。ジャケットには「いろいろご心配をおかけしました天地真理も、お陰様で再び皆様に元気な姿をお見せすることができるようになりました…」と記されていた。

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プロフィール

hatogairu kouen

Author:hatogairu kouen
大津波の甚大な被害は住民にも地域にも大きなPTSD(心的外傷後ストレス障害)。「夏を忘れた海」と生きる人々の心の復興を願う。三陸海岸K市育ち,杜の都在。

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