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MR42 FM軽井沢 太田忠氏の「天地真理特集」第三回


 本日(2015年8月1日)、16時から17時の1時間、太田忠氏のFM軽井沢(インターネットで視聴可能)の経済・金融番組で、特別番組「天地真理特集 第三回」がありました。放送は正真正銘の軽井沢から、人気絶頂期の「恋する夏の日」で始まり、四拍子そろった名唱が続き、オリジナルアルバム(LP)童話作家の「返信」で終わりました。
 真理さんのファン層では、お若い方の太田忠さん、一部ピアノを披露しながら、音楽通で小気味良い解説をされ、真理さんの人気絶頂の夏の代表曲から、隠れた名曲まで真理さんの素晴らしい歌声、作品をオン・エアしました。軽井沢に避暑や旅行で訪れた普段、真理さんを忘れていた方々も、奥深い真理さんの美声を再発見したのではないかと期待してしまいます。
 以下に、自前のメモと録音から、いつものように放送を復元しようと思います。小生、職業柄、顧客との打合せ後は、重要な打合せ協議記録を取り交わすことになっています。よって、まとめて記録することが職業病なのです(笑)。また、皆様、いつものように、お気づきの点はコメントにてお教えくだされば幸いです。

石巻川開き001
石巻市・旧北上川での川開き、震災から5回目の夏、灯篭流し(2015.7.31)
東北は、ねぶた、竿灯、さんさ、七夕、花笠、わらじ6大夏祭りの季節です。

2015盛岡さんさ(毎日新聞HP)02
岩手・盛岡市「さんさ踊り」夏まつり2015
さんさ踊りの夏、幸せ(毎日新聞HP)

放送の概要
テーマ1【人気絶頂期の天地真理さん】
第1曲 『恋する夏の』」(1973.7.1リリース)天地真理7枚目のシングルA面
・45才以上ならだれでも知っている、ここ軽井沢をモチーフにした有名な曲。当時めずらしい振り付けも話題となりました。
・今回Sony最新製造技術Blu-specCD2による鮮烈な音源で放送
・2014.7.30発売 「ゴールデン☆アイドル 天地真理」から
・10小節、16秒のイントロ[ロックンロール、サスフォー(サスペンテッド・フォース)]が効果的。太田さんのピアノ実演による専門的な解説がありました(素人にはちょいと難しいお話しです)。作曲者は森田公一さんであるが、このイントロを作った編曲者の馬飼野(まかいの)俊一さんの功績は計り知れません。

第2曲 『恋する夏の日』 1974.9.15ライブ、「天地真理オン・ステージ」から(編者注:当ブログの巻頭に紹介しています)
 人気絶頂期のライブの声援。もの凄い熱気です。これがトップ・アイドルの人気です。当時のファンの中心層も今や還暦前後の年齢に。時のたつのはいやはや恐ろしいものですね。

テーマ2【一般には知られていないが、はちきれんばかりの素晴らしい歌唱】
第3曲 『好きだから』 天地真理二枚目のオリジナルアルバム「ちいさな恋/ひとりじゃないの」(1972.6.1) 作詩/後藤益子、作曲・編曲/森岡賢一郎
 
 詩の内容は「好きだから、好きだから、私はお嫁に行きたいの」という通俗的な歌詞。今の時代ならレコード会社は絶対発売しない歌詞だと思われるが、最高の歌い手・天地真理さんのファルセットが圧巻、独壇場のあっぱれな歌唱であった。この曲を初めて聴いたときパッパヤパーのコーラスに何んだバカバカしいと思ったが、天地真理さんの圧倒的な歌唱力に驚いた太田さんでした。

  エレノアさん 天地真理/好きだから ピアニストもチェロを弾くほどお気に入り


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太田忠氏解説 人気絶頂期の「恋する夏の日」と「好きだから」

テーマ3【全盛期後、笑顔が消え人気低迷するも歌唱力がアップしていた天地真理】
 「恋する夏の日」で50万枚のレコードを売り上げた天地真理さんであったが、その後、レコード販売実績が減少する(シングル12枚目以降はピーク時の1/10の売り上げ)。太田さんは小学生の4年生ぐらいに、輝かしい笑顔が消えて髪形、雰囲気もかわった別人の天地真理さんに衝撃を受けたそうです。天地真理さんと言えば、明るい笑顔で人気があったから、人気低迷は、ファンの誰もが求める笑顔が消え(編者注:強引な大人の歌へのイメージチェンジに無理があったという意味だと思うのですが)、かつ根も葉もないゴシップに悩まされたからという見解を披露されました。
 しかし、人気低迷とは裏腹に、歌唱力は増々アップする歌手・天地真理さんでした。
「絶頂期後、笑顔が見られなくなり人気が低迷したが、歌唱力はアップして行ったことは、じっくり聴いていただければ明らかだと思います。」太田さんは小気味よくズバリと話されました!

第4曲 『初めての涙』(1975.5.21)14枚目のシングルA面
 作詩/安井かずみ、作曲/宮川 泰、天地真理主演ミュージカル「君よ知るや南の国」主題歌
  MIXyan.さん 天地真理/初めての涙
第5曲 『夕陽のスケッチ』(1975.12.5)16枚目のシングルA面
 当時のプロデューサー白川隆三さんが作曲家・筒美京平氏を起用した作品。
  Mari Ageinさん 天地真理 夕陽のスケッチ


青い矢車草DSCF5664-200
「真夏の華」。うちの庭に矢車草(菊)の青い花が咲きました。

 天地真理さんは、この後(1977年1月から1979年にかけて)体調不良で休業しましたが、再デビュー、復帰後も次のような素晴らしい作品を残しています。

第6曲 『初恋のニコラ』(1980.9.1)21枚目のシングルA面
 シルビーバルタンの同曲のカバー
 hiroIGA51さん  Mari Amachi in Pari "nicola" HD
第7曲 『私が雪だった日』(1983.2.1)22枚目のシングルA面
 かつての白雪姫だった自分への追想とそれからの脱却の決意を描いている。
 BL17.1 Mari Ageinさん 天地真理/私が雪だった日

テーマ4【四拍子揃った素晴らしいオリジナル曲】
 天地真理さんには、シングル曲ほど有名ではないが、LPには作詩・作曲・編曲・歌手の四つの要素が見事にマッチした素晴らしい第一級の作品があります。ここで次の3曲をお聴きいただきましょう。

第8曲 『白いバラの道』(LP「ちいさな恋/ひとりじゃないの」1972.6.1から)
 FM軽井沢の番組「天地真理ミュージック・コレクション」(現在終了)のテーマ曲
第9曲 『ミモザの花の咲く頃』(LP「若葉のささやき/さよならだけ残して」1973.4.21から)
 ワルツの名曲。「とても幸せすぎて~♪」
  hiroIGA51さん 天地真理 愛の歌手「ミモザの花の咲く頃」
第10曲 『あなたの故郷』(LP「空いっぱいの幸せ/オリジナルポップス&フォーク」1973.12.5から)

 さらに時代性など五拍子揃うと「水色の恋」や「恋する夏の日」のような後世に残る名曲となるのです。

 最後に、天地真理さんがご自身のお母さんに歌った曲をお届けいたしましょう。
第11曲 『返信』(LP「童話作家」1976.12.21から)
 「ありがとう・・・お母さん・・・。幸せって・・・。ごめんなさい、お母さん・・・私やっぱり走ってみます、ひとつの愛を追いかけて」

お母さんと一緒に
お母さんと一緒。温かい親子の笑顔、いいですね。
hiroIGA51さん 天地真理 母への誓い「返信」

 太田さんの最後の御挨拶。「あっという間の60分でした。本日の番組のご感想をFM軽井沢へお寄せください。8月22日に第四回を放送します。ご期待ください。」

 以上が第三回、第一級の歌手・天地真理特集の概要でした。

天地真理様より
「私も聴きますので、皆さんも是非聴いて下さい。宜しくお願いいたします。太田さん心をこめて、ありがとうございます。」
 ~天地真理(青木真理) Face bookより~


MR43 夏盛り 矢車草が咲きました


 今年の春、庭に遅まきした矢車草(矢車菊)が、夏真っ盛り、咲いています。仙台でも気温35度に上る暑い夏、関東から西日本は40度にせまる猛暑続き。皆様、ご機嫌いかがでしょうか、暑中お見舞い申し上げます。
 さて、小生の蒔いた種は中国産の切り花用のもの。もっと高い種もほしかったけど、見つけられませんでした。まじかに見ると小さなラッパの花弁が輪になって咲く花です。シングルはトランペットの伴奏でしたが、花弁の特徴からでしょうか。岩谷時子さん作詩、筒美京平さん作曲。恥ずかしながら震災前は知りませんでした。・・・真理さん、名曲ですね。

矢車菊S0045661-250

ドイツで女性が恋人の男性の襟につけると言われる花。
青い花、高貴な色がスタンダード。きれいですネ。

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ピンクの花、むしろ天地真理さんにお似合いです。

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ちいさな白い華。「白雪姫みたいな心しかないわたし♭♪」

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ピンクのワンピーで「あれっ、誰かしら?」ギャラリー・真理んSnowより


   BL15.1 矢車草 (1976,17th single)


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○矢車草(1976年4月21日)
作詞:岩谷時子、作曲:筒美京平、編曲:森岡賢一郎

矢車草NGB2013cap-200

2013.4.17 『 天地真理 Golden ☆ Best 』歌詩カード


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MH06.2 1965年「アイドルを探せ」フレンチ・ポップス


 昨年、NHKFMの「今日は一日フレンチ・ポップス三昧」を聴いていて、意外とかつて天地真理さんがカバーしていた曲がかかり、放送中に真理さんによるカバーをリクエストしました。が、あんなに長い時間帯の放送なのに残念ながらかかりませんでした。
 けれど、 特に、シルヴィ・ヴァルタンの1965年「アイドルを探せ」はフレンチ・ポップスの名曲ですね。ライブの聴衆の盛り上がり、男性の指笛、同姓の女子による黄色い絶叫、彼女の可愛さと共存する若々しいセクシーさ、どこか真理さんに似ています。
 渡辺晋さんの日本アイドルプロジェクトは、シルヴィ・ヴァルタンの「アイドルを探せ」に感化され、天地真理さんのデビューが準備される1970年~1971年、アイドル候補を探す大詰めの段階が来ていたのでは。そのダーツの矢は、南沙織、小柳ルミ子を経て、本命、天地真理を射抜いた、ということでしょうか。

 これが、天地真理さんが、カバーした「初恋のニコラ」(1980年9月1日発売)ですね。じっくり聴くのは初めてです。
 真理さんがこのシングルをリリースした日、私は蝦夷ヶ島大学地質学科の卒論中。日高地方の山地に一人はいって踏査の日々、ヒグマを警戒しながら川を渡渉し、ハンマーをふるって岩石をたたき、沢を詰めて、地質図を作成していました。昼はお手製の粗末な弁当を食べ、ラジオをかけながら疲れをとるため昼寝(半寝)をして休みました。北海道の山深い山地、ラジオはNHKで「昼のいこい」を聴いていました。この頃、真理さんの曲は聴いたことがなかった。真理さんの歴史をたどると若い日々を、いろいろ思い出します。それでも、当時、都会・札幌は、冬季オリンピックからほぼ10年、にぎやかで、きれいな女性も多かったですね。

 シルヴィ・ヴァルタンはビートルズより先に人気が出た歌手で、1965年5月、世界ツアーの一環で訪れた初来日、羽田に1000人ほどの学生服姿のファンが小旗(フランス国旗でしょう)を振って詰め寄せ、驚いたそうです。「レナウン娘」のCM曲は有名でしたね。この初来日は1964年10月(昭和39年)の東京オリンピックの直後、日本は高度成長期、真理さんも良く覚えている時代でしょう。

   シルヴィ・バルタン あなたのとりこ

 彼女はそれから真理さんのデビュー年1971年に二回目の来日をはたし、その後度々来日し公演やツアーを行いました。東欧・ブルガリア生まれでパリ育ち。きれいな歌をうたうフランス娘、日本人の憧れでした。現在、70才、迫力のある歌唱で今も現役、2011年の震災以後も日本を訪れています。もはや大御所の世界的歌手です。(Wikipedia)・・・そうか、真理さんも「国民的スーパーアイドル」というより、"International super beautiful falsetto singer"がいい呼び名かも(大きく出ちゃった、ごめんなさい)。


シルヴィ・ヴァルタン水色の恋

Sylvie Vartan -Love is Blue

シルヴィさん、歌手として円熟した歌声とお見受けいたしやす。

天地真理水色の恋-200

alphaj.さん 恋は水色-天地真理

 天地真理さんの美しいファルセット、透明感がたまりませんね!ただし、日本の大衆の皆様、真理さんの歌声には実はパンチ力も勢いもあります。知らんだろうね~。

MW14 臼澤みさき「鳥になりたい」feat.江崎とし子


 三陸(かまいし)の静かなお盆に帰省してきました。大正15年生まれ、89才になる母も元気でした。震災後復活したお盆の花火大会は前週末でした。次女が可愛いS君と地元出身の旦那さんと関東から里帰りして観たそうです。
 市の中心地、新日鉄住金・釜石製鉄所の敷地内にできた大型スーパーイオンだけじゃなく、周辺の中規模スーパーや商店もそこそこのにぎわい。まだ仮設住宅は残っていますが、復興住宅も出来てきて、被災地は少しずつ元気になってきているように見えます。余りに大きい津波によって、失われた多くの地元の方々の命は帰りませんが、魂は空から見ていてほしいと思います。震災から4年5か月ですが、5回目のお盆です。
 大槌町出身の三陸の歌姫、臼澤みさきさん、今は盛岡市内の高校生です。生まれ育った三陸の海の青、潮の香り、豊かな海の恵みと人情に加え、石川啄木や宮澤賢治が愛した詩情あふれる岩手の澄んだ空気が融合して大きな歌を歌っています。皆さん、応援してくださいね。
  




 山地が海に迫るリアス式海岸。三陸海岸中部~北部は、三陸南部や伊勢志摩のリアス式とは違い硬い岩盤の山が海に没するような地形で、入り江の奥に砂浜や狭い平地があります。その海岸の山地に、1兆円ともいわれる巨費で杜の都・仙台に通ずる三陸縦貫道や北上山地横断道路(高速道路に準ずる高規格道路)の建設が進んでいます。
 これに加え、依然賛否はありますが、宮城県など海岸の巨大防潮堤の建設はこれから本格化する予定です。


仙台広瀬通花火20150805

仙台市広瀬通。杜の都、樹木が多く、花火が良く見えません。2015.8.5


甲子川定内橋上流LT20150815-200

釜石市内 甲子川上流方面。横断道路の工事中、山の切り取り”のり面”が見えます。


甲子川定内橋下流20150815-200

釜石市内 甲子川下流方面。ムーミン谷のような緑の谷間。海岸から7kmほど。


 そういえば、小学生から高校1年生まで、上の写真の甲子川(かっしがわ)に面した3階建てのコンクリートで出来た製鉄所の社宅の2階に住んでいました。そのとき、上の3階にお若いですが東京本社から来たエリート社員の家族がいらっしゃいました。奥様は美人で明るい方で、賢そうな男の子と可愛い女の子の二人のお子さんがいました。東京に比べてはるかに自然の中の釜石、大雨では川は満々と茶色の流れとなり、台風などでは対岸の山の松や他の樹木が大きく揺れるのが良く見えます。旦那様はすぐ昇進されるので、もっと上級の社宅に移れるのですが、奥様は「こんな自然は東京ではとても見られないわ。」とおっしゃって、しばらくこのアパートにとどまっていました。
 三陸海岸の町の通常の産業は漁業なので、小さな規模の経済なのですが、そんな狭い土地、狭い緑の谷間に、資源と生産一貫の釜石製鉄所があり、世界で指折りの企業の1製鉄所であったために、このような教養豊かで文化的な方々も住んでいらっしゃった。現在は高炉がなくなり、経済も人口も小さい町となりましたが、1970年代後半から1980年代前半に新日鉄釜石ラグビー部が日本選手権7連覇の偉業をなしとげたために、「かまいし」の名は規模に似合わない全国区となり、震災後、日本開催のラグビーワールドカップの試合を誘致し、被災地自らを元気づけようとしています。
 「がんばれ!か~ま~いし!」とは、現在クラブ化し釜石シーウェイブスと名前を変えたラグビーチームの観戦で、皆が応援するときの掛け声です。巨大な津波に、泥んこの津波堆積物に沈んだ三陸の各地にこそ 「がんばれ!〇○○!」の掛け声が、ラグビーワールドカップによって伝えられることを願っています。

 真理さん、芝生のグランドでなければ、どんなスター選手でもラグビーは泥んこ試合がありました。ラグビーでは転々とする楕円球のボールを追いかけ自軍のために身を挺してボールを確保することをセービングと言います。真理さんの全盛期の昭和49年(1974)頃、釜石が七連覇を始める前ですが、私の通っていた高校の隣のラグビーグランドでは釜石の選手が雨の降りしきる中、喜々として泥だらけでセービングを繰り返していて、わが目を疑うほど驚いた記憶があります。
 私は、「天地真理の人気は実力を正しく評価され、正攻法で回復するのではないか」という見方に同感です。人を癒し元気にする歌の得意な天地真理さんこそ、全盛期後の波乱万丈の泥んこから喜々として蘇ってほしいと思うからです。
 

MR44 ひこうき雲/天地真理さんの大人の歌って何?(3)


 今年の夏も熱闘甲子園、早稲田実業などの活躍で高校野球は盛り上がり、8月20日(木)、天地真理さんが育った神奈川の東海大相模高校が、東北の悲願・初優勝を祈願される仙台育英をしりぞけ優勝しました。小生ら東北育ちにとって大層、残念無念でしたが、今後に期待感が強まります。その後、真理さんがFACE BOOKに書き込まれたように、全国的にやや涼しくなり、秋風が立つ9月がもうじきです。

  秋と言えば青空にひこうき雲。ちょっと強引ですが、「ひこうき雲」というとユーミンこと松任谷由美さんの歌が有名で、最近、2013年、ゼロ戦の天才設計者、三菱の堀越二郎氏をモデルとした「風立ちぬ」という題名で、宮崎駿監督・ジブリ制作のアニメ映画が話題となりました。

 天地真理さんの現在最後のオリジナルアルバム「童話作家」(1976.12.21発売)にある「ひこうき雲」は、作詩 小谷 夏、作曲 吉川忠英、編曲 船山基紀。明るい 「ひとりじゃないの」の作詞者が、おそらく真理さんと同年代の大人の男女に生じた心の大きな隔たり、かつて愛し合ったが別れは時間の問題ではと思わせる悲しく切ない心情を表現したものと思われます。


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モノクロ画像: Face Book版 天地真理 想い出の足音さん
カラー画像: hiroIGA51さん youtube版 天地真理「夢のチャペル」から

 「ひこうき雲」は天地真理さんを良く知るファンには、根強い人気があり、多くの音楽動画の題材となり、またファンに有名なブログ作者のハンドルネームでもあります。
 そういうわけで、小生には正直コメントがむずかしい曲です。真理さんは、ほかに童話作家、返信、二月の風景画、風花のさよなら、矢車草など、こんなに良い曲からなる「童話作家」というアルバムを出しながら、さして世間の話題とはならず(当時、小生は主にクラシックを聴いていましたが、たっぷり時間のある大学1年生。FMなどで真理さんの曲を聴いた記憶はありません。もっとも、1976年はピンクレディーのデビュー年でした)、翌年、1977年(昭和52年)1月、音楽と芸能活動の休業に入ります。結局この休業は、二年半余に及ぶ長い眠りとなりました。眠り・・・白雪姫だから・・・

  さて、私事ですが、受験勉強に疲れた高三後半(1975)から大学1年(1976)にかけて時々映画館に足を運んでいたのですが、ジュリー・アンドリュース主演映画か寅さんの映画だったか、合間に白黒の芸能ニュースが流れ、天地真理さんの近況が大きなスクリーンに映し出されました。その時、真理さんの歌のステージに自分とほぼ同年代の若い男性が多数押し寄せ真理さんと握手をかわす映像の後、お母さんの小料理店「てまり」に着いた真理さんが、お母さんと短い会話をして、微笑みひとつなく疲れたような悲しい表情で奥の部屋に消えていく映像が流れました。コンサートやリサイタルは男性ファンを中心に依然、人気がありましたが、レコード売り上げが大きく落ち込んでいたからでしょうか。このとき、あの明るいヒット曲で一時代をつくった超有名な天地真理さんが「こんな寂しい表情をされるときもあるんだ・・・」と驚き、ずいぶん悲しくなった記憶があります。

 ともかく、この歌は天地真理さんの数多くある名唱の一つであることは間違いないのでしょう。明るい歌、悲しむ人をやさしく慰めたり元気づけたりする歌こそ得意な真理さんですが、たまには、心の寂しさを素直に歌ってくれていて、なんだかうれしい気もいたします。

プロフィール

hatogairu kouen

Author:hatogairu kouen
大津波の甚大な被害は住民にも地域にも大きなPTSD(心的外傷後ストレス障害)。「夏を忘れた海」と生きる人々の心の復興を願う。三陸海岸K市育ち,杜の都在。

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