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MR49 歌手・高橋洋子さんと「残酷な天使のテーゼ」

 
 前回、fly me to the moonで、歌手・高橋洋子さんに触れましたが、高橋洋子さんといえば、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のテーマソング「残酷な天使のテーゼ」であまりにも有名で、確か数年前、朝日新聞の休日版にも特集されました。
 このアニメの説明や解釈は、オジサンにとって難しい内容ですが、14才の碇(いかり)シンジ君という少年と綾波レイらの可愛い少女たちが、エヴァという人間が乗り込んで操縦するロボットの類によって、次々と現れる「使徒」という得体の知れぬ強敵と戦う近未来的(設定はなんと2015年)なストーリーです。神と人間の戦いとする解釈もあるようです。ところで、エバンゲリウムは、キリスト教新約聖書の「福音(良い知らせ)」を意味するはずですが・・・エヴァンゲリオン、大分違うようです。
 宇宙戦艦ヤマトやガンダムの強い影響を受けた作品で、学生運動を行ったために通常の就職がかなわなかった人たちによって企画、運営されているとも言われています。先にTVやアニメで連続放送や連載がされ、若者に大人気となり、最近は劇場版映画が連作されています。 

    EVA 残酷な天使のテーゼ Q ver

 3年前、2012年、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」は、新作映画が公開されました。この映画冒頭、天地真理さんの「ひとりじゃないの」がマリという同名女性によって、鼻歌まじりではありましたが一部歌詞も歌われ、天地真理を知らない若者たちに新たに認知されたことがありました。

   Mari Makinami - Hitori Janai No

   エヴァンゲリオンがわかる動画

 以下の動画は、アニソン(アニメソング)大会、当初からこのアニメの主題歌を担当した本格的なジャズミュージシャン高橋洋子さんの熱唱の様子です。ほとんど男子からなる若者たちの聴衆。ペンライトで大いに盛り上がり、野太い掛け声が、高橋洋子さんを高揚させています。若者に熱狂的に歓迎される、まるでジャンヌダルクのような感じです。少し、天地真理さんの全盛期のコンサートを思い起こさせます。

   高橋洋子 新世紀エヴァンゲリオン 残酷な天使のテーゼ
   
   高橋洋子 新世紀エヴァンゲリオン 魂のルフラン



オーケストラと共演。高橋洋子さん、歌唱力の高さが分かります。
久保田利伸氏のバックコーラスに採用されるなどコーラス出身。

高橋洋子レコード2015クリスマス
最新作品は、なんとレコード(CDじゃない)で、クリスマスソング.

   高橋洋子さん 新作のレコーディングに関する記事です。

   両親が福島県いわき出身「アニメと歌の力で世界の目を福島に」

 高橋洋子さんは、1991年ソロデビューしレコード大賞新人賞を受賞した歌手でありましたが、1994年頃、アメリカ・ロサンゼルスに半年間の音楽留学をされ、帰国した頃、ふとした縁で、ジャズが得意なことから、新世紀エバンゲリオンという見知らぬ新作アニメのエンディングテーマ fly me to the moonを歌うことになり、歌の技量が評価されたのでしょう、主題歌も歌うことになったのだそうです。1995年のことでした。
 このように、久保田利伸氏のコーラスのオーデションに合格するほどの本格的なコーラス好きのミュージシャンが、何故か本気で歌うことになったアニメソング。しかし、アニメお宅も本気ですね。本物の歌に新しい時代のアニメと共に傾倒していったのでした。

 洋子さんは自分の個性は母性と評価され、自らもそのように感じているとのことですが、この主題歌を聴いていると、母であり、姉であり、恋人であり、という広い意味での母性愛を感じます。多数の若者の熱気が、彼女を生き生きとさせ、生きる意味の一つとなっているようです。このアニメが世に出てから20年、彼女はこのアニメソングを大変大切にし、アレンジを変え新たなCDの重要な位置の選曲に加え、また、上記のようなコンサートやライブを、日本のみならず世界でも行っています。
 このように歓喜し応援する日本の、そして世界のアニメ好きな少年や青年にとって、「少年よ神話になれ!」は、新しい時代の「少年よ大志を抱け!」ではないでしょうか。

 さて、われわれの愛する天地真理様は、長期休業するまで、1971年~1976年までの5年間のコンサートやライブ、熱狂的な野太い青年の応援をうけ、何を感じ、何を青年たちに願っていたのでしょうか。青年たちに、真理さんの歌で喜んでほしいと思うほかに、青年とまた自分の人生について、将来について、何か望むものがあったのでしょうか。あの頃の気持ちを真理さんに聞いてみたいような気もしますし、じっくりと半生記の一ページで書いてほしいような気もします。

以上

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MW16 <もう一度会いたい>子を想う気持ち


<もう一度会いたい>何で先に逝ったんだ

 可愛い子供3人を、あの3.11の大津波で亡くしたお父さんの悲痛な心情が、宮城県の代表的地方新聞のHPに掲載されました。このブログのリンクの最上段からもアクセスできますが、次第に進む復興の様子が伝えられる一方、遺族の心情があれからもうじき5年となる今も語り尽くされることはありません。

 私はこの震災では家族や身内に家屋の被害はあっても死亡者はいません。が、震災直後の郷里・三陸、また宮城県内沿岸も、惨状はすさまじく、信じられないような悲しみが、東北沿岸の被災地域の住民に深く沈み込んでいるのです。

  河北新報 大震災3.11 <もう一度会いたい>より

 以下は、一部を引用しました。

 『涙で目が曇らなかった日を思い出せない。
 宮城県石巻市のKさん(53)は震災で、長女(当時18)、次女(同16)、長男(同12)を亡くした。
 人生これからという時に世を去った不遇を哀れむ。
 子を守れなかった無力を恥じる。
 頬がぬれる。
 子のいなくなった人生を送る意味を見いだせない。
 「死にたい」
 夫がそう口走っていたのを妻(45)は何度か耳にしている。
 針岡橋に足が向く。
 欄干からのぞき込む。
 津波の遡上(そじょう)で川が氾濫し、命を奪った。
 引き込まれそうだ。身を投げる衝動に駆られる。

<酒に逃げる>
 (中略)
 部屋には、子の写真をありったけ飾った。どこを向いても目に入るように。
 子と目が合う。
 鼻の付け根がツンとくる。
 酒に逃げた。意識が混濁し、悲嘆から解放される。
 こたつで寝入り、朝を迎える。
 酔いが覚めたら現実に引き戻される。それが嫌でまた酒に手を伸ばした。
 酒浸りで血圧が跳ね上がった。上で200を超す。血糖値もHbA1cが10%をオーバーした。
6%台後半で糖尿病と言われる。ドクターストップが掛かった。
(中略)

<男のくせに>
(中略)
 不意に涙ぐむことがある。スーパーで買い物をしている時とか。髪を切っている時とか。
 子とは無関係の何の脈絡のない状況でウッとくる。
 妻には「男のくせに」と言われる。
 多分、お前より心(しん)が弱い。
 泣いてばかりいる。
 遺品を手にしても。
 子と遊んだ公園を通り掛かっても。
 いわさきちひろの絵を眺めても。
 テレビの「はじめてのおつかい」を見ても。
 何で親より先に逝ったんだ?
 死ぬ順番を変えては駄目だ。』

  君をのせて My Boat for You 【沢田研二】 -太田忠(ピアノ)  

 戦後70年、激戦で亡くなった多くの日本人、アジア人、そしてアメリカ等欧米列強の戦士らの御霊。
  広島、長崎の原爆による悲惨な被爆者。戦後の度重なる自然災害や信じがたい列車や自動車事故。

 小生の身近かなところでは、父が1977年5月の三陸沿岸中部を襲った集中豪雨で、地域の消防団の水防活動に参加し、不幸にも濁流にのまれ、市内の河川本流に流れ、なくなりました。集中豪雨から二週間ほどたって、河口の砂浜に父の溺死体は上がりました。兄は、弟、妹に遺体を見せようとしませんでしたが、私は敬い愛する父親の最後の本当の姿を確かに見ておりました。その後、エゾが島の大学生活に戻っても、しばらくはこの事故がフラッシュバックし、父が濁流をどのように流れたのか、どんな苦しい悲しい気持ちだったのか、暗闇で冷たい水を飲みどんなに苦しかったのか、思うだけで深い悲しみと苦しさにさいなまれました。このような心情はしばらく続き、つらい悲しみでやせ細りました。
 そうは言っても、東日本大震災の高さ10mから30mにもなった大津波、遺族の耐え難い苦しみは想像以上だと思われます。

 このように悲しみはいつもこの地をおおっています。
 
 ひるがえって、われらが歌姫、天地真理さんは、戦後間もなく昭和26年のお生まれです。しかし、日本の復興と高度成長期を肌身で感じ、美しいファルセットと100万ドルのやさしき笑顔で、当時の日本人の大部分を元気にし、明るくしたのでした。
 真理さん、ファンクラブのイベントで泣いてばかりはいられませんよ。あなたがどんなに我が身を悲しもうとも、あなたの残した数々の笑顔と素晴らしいファルセット作品集、そして上手く歌うより大観衆に喜んでもらえるようにひたすら元気に歌ったお姿のビデオなど、今も立派に日々、日夜一生懸命働き、人々に癒しと幸いを届け続けているのです。

 破格の人気と高待遇、そしてその後の苦渋を経験した天地真理さん。漁業関係者が多い三陸、被災沿岸のわれわれは、きれいごとのスターなど敬いません。荒波にもまれた真理さんだからこそ、尊敬し、敬愛するのです。
 真理さん、分かってもらえますか。もう泣くのは、およしください。
 素晴らしいコンテンツを残し、なお温かい心をお持ちの天地真理さん。Face Bookのファンクラブ事務局長のお話のように、天地真理さんの癒しの歌声は、ますます、日本人に大切になっていくでしょう。

 次は、「天地真理オン・ステージ」のスクリーンコンサートが準備中とのこと。それにしても、真理さんの、冷静に振り返る、「天地真理半生記」が読みたいところです。真理さん、笑顔でごまかさないで、ちゃんと書いてね!

MR50 太田忠氏のソロピアノ演奏の世界


 投資・経営コンサルタントの太田忠さんは、今年、2015年、FM軽井沢のご自身の番組枠の中で、天地真理作品集の1時間番組を自ら構成、アナウンスする熱心な真理さんファンで有名です。
 太田氏は、また、一方で本格的なピアニストでもあり、You Tubeにはお仲間とジャズ演奏に興ずるお姿が見られます。

 太田氏のピアノの音色はスタインウェイの美しい調べで、独自の編曲をされています。まるで、かつてアフリカ医療に多大な貢献をした有名なシュバイツァー博士のように、チャリティーリサイタルも可能な方とお見受けいたします。


 太田氏は1970年代の歌謡曲を主体に、多数のカバー演奏をYou tubeで公開しており、「太田忠 歌謡曲ソロピアノ曲集57曲」がファイルアップされています(収集された動画集が連続して自動再生できます)。森山良子、岩崎宏美、和田アキ子、加山雄三、沢田研二、浅田美代子、中山千夏、千賀かほる・・・今でも有名な方々のヒット曲や名曲を選曲されています。阿久悠氏が作詩されたヒット曲も多数含まれています。

 また、曲のリリース年代について見てみると、57曲中、1960年代は森山良子、ザ・タイガース、ザ・ピーナッツなどの9曲、1980年代は天地真理さんの「私が雪だった日」とプリンセス・プリンセスの「ダイヤモンド」の2曲、したがって1970年代の曲が46曲と大半を占めています。このように太田さんは1970年代の曲に造詣が深いことが良く分かります。なお、天地真理さんの全盛期は小学生だったとおっしゃる太田忠さん、1960年代の曲にも詳しい解説を書かれていますが、1970年代の歌謡曲を理解するために、1960年代の曲を研究されたのかも知れません。

  花の首飾り【ザ・タイガース】 1968.3.15-太田忠(ピアノ)

   真夜中のギター 【千賀かほる】 -太田忠(ピアノ)

  真夜中のギター/歌:千賀かほる,作詩:吉岡オサム,作曲:河村利夫1969.8.10

   あなたの心に 【中山千夏】 -太田忠(ピアノ)

   中山千夏 あなたの心に,作曲:都倉俊一 1969.9.1

 「花の首かざり」はザ・タイガースの代表的ヒット曲。グループサウンズ時代、小生は小学生中・高学年だったので、この美しい調べは良く覚えています。
 「真夜中のギター」、良くTVでも流れました。真夜中にさびしくギターを弾く女の人ってどんな人だろうと思って、不思議な気持ちにしてくれました。
 「あなたの心に」の中山千夏さん。彼女は大人気のNHKTV連続人形劇(ウィークディ毎夕)、「ひょっこりひょうたん島」の博士少年役の声優で有名でした。ドンガバチョ、寅ひげ、サンディ先生、少年少女の仲間たち、ライオン君・・・マシンガンダンディ・・・楽しかった子供の頃を思い出します。挿入歌「もしも僕に翼があったらなぁ~空は僕のもの、高く高く飛ぶんだ~」も好きでしたネ。

 氏のソロピアノ曲集57曲のうち、天地真理作品では、「水色の恋」、「ひとりじゃないの」、「虹をわたって」、など57曲中もっとも多い16曲が演奏されています。氏は天地真理さんの歌唱力と歌の奥行きを高く評価され、マイプロジェクトとして真理さんの曲を弾き続けているのですね。
 

太田氏ピアノ曲集(天地真理)

太田忠氏の演奏する天地真理作品16曲

 ちなみに、天地真理さんを除くと、57曲の中で大半の歌手は1曲ですが、次の5組の方々は、2曲ずつ選ばれています。

 ・森山良子・・・今日の日はさようなら(1967)、この広い野原いっぱい(1967)
 ・加山雄三・・・ある日渚に(1968)、海その愛(1976)
 ・ペドロ&カプリシャス・・・五番街のマリー(1973)、ジョニーへの伝言(1973)
 ・山口百恵・・・ありがとうあなた(1975)、赤い運命(1976)
 ・ハイファイセット・・・フィーリング(1976)、幸せになるために(1976)

 さて、次の曲は1971年~1974年、天地真理さんの絶頂の人気の頃の6曲です。

   君をのせて 【沢田研二】 1971.11.1-太田忠(ピアノ)

   好きだから 【天地真理】 1972.6.1

   赤い風船 【浅田美代子】 1973.4.21

   恋する夏の日 【天地真理】 1973.7.1

   グッド・バイ・マイ・ラブ 【アン・ルイス】 1974.4.5

   岬めぐり 【山本コウタローとウィークエンド】 1974.6.1

   想い出のセレナーデ 【天地真理】 1974.9.1

 最近、私のブログには、太田忠さんのピアノ曲をリンクすることが多くなりました。天地真理さんの名唱に加え、他の歌手のヒット曲や太田さんのピアノをちりばめて、真理さんの再評価の気運と共に、過ぎた時代と今を対比したい。「もの想う季節」を大切にしたい心境です。
 次は、1975年~1976年、依然、人気のあった天地真理さんですが、以後、レコードのセールスが低迷し、曲作りにも悩みの多かった時代の曲を少し挙げてみます。

   ありがとうあなた 【山口百恵】 1975.9.21-太田忠(ピアノ)
  
   夕陽のスケッチ 【天地真理】 1975.12.5

   ひこうき雲 【天地真理】 1976.12.21

   君と歩いた青春 【風 伊勢正三】 1976.11.25

   太田裕美ピアノ(君と歩いた青春)

   太田裕美 LIVE1981「君と歩いた青春」

 現在、LAST(最新)となっている真理さんのシングル曲「私が雪だった日」は、1983年、昭和58年の冬のリリースでした。小生は、社会人のかけだしで、当時、この曲は知りませんでした。真理さんのレコードは、白雪姫を卒業する歌なので仕方ないのですが、ややあぶなっかしい、心がちょっと弱くなっている歌い方でした。太田さんは願いもこめて、しっかりと弾いています。

   Mari Ageinさん 天地真理/私が雪だった日 1983.2.1

   私が雪だった日 【天地真理】 -太田忠(ピアノ)

 最後は、女性バンドのプリプリから、太田さんの華やかなピアノの「ダイアモンド」と彼女らのラストコンサートから「M」です。

   Diamonds 【プリンセスプリンセス】 1989-太田忠(ピアノ)

   プリンセス プリンセス 『M(from DVD「The Last Live」)』

 M・・・私にとっては、今、Mはあの方ですね、今日、クリスマスカードをいただいた、あの歌手M.A.です。真理さん、皆様、この場を借りてメリー・クリスマス!!

   ジープと冬着の真理さん
    温かそうな冬着の天地真理さん、彼のジープでお出かけですかぁ~。
    (佐藤秀和氏 FaceBook ギャラリー真理んSnowより)


MR51 筒美京平作品と天地真理(その1)


 筒美京平さんは日本歌謡界における稀代(きだい)の作曲家。多数のレコード大賞関係の受賞曲やレコードセールスの記録をもち、長期にわたり今も活躍する大作曲家と評せられています。

 御本人の最もお気に入りのヒット曲は、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」1971、堺正章「さらば恋人」1971、太田裕美「木綿のハンカチーフ」1975とされ、他に、セールスの大きかったヒット曲に、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」1968、岩崎宏美「ロマンス」1975、ジュディ・オング「魅せられて」1979、近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」1981、等が有名です。

 いしだあゆみ ブルー・ライト・ヨコハマ 1969

 堺正章/さらば恋人 1971

 また、アイドルソングとしての次のヒット曲も筒美氏の作曲によるもので、当時、街中や昼休みや放課後の校内放送で、よく耳にしたものでした。いずれも、レコード大賞の新人賞や大衆賞を受賞しました。

  リリース     曲名/歌手
  1971.6.1    17才/南沙織
  1972.8.1    男の子 女の子/郷ひろみ
  1973.4.21   赤い風船/浅田美代子
  1973.7.5    私の彼は左きき/麻丘めぐみ

 南沙織/17才 1971

 南沙織さんは、初代アイドルと位置づける方もおりますが、レコードとステージ、TV出演で、歌唱がコンスタントに秀でています。新・三人娘は、三人三様の歌の上手さがありました。ちなみに、1971年レコード大賞新人賞に選ばれたステージに、小柳ルミ子さんらと登壇し、最優秀新人賞には小柳ルミ子さんが選ばれました。

   

 尾崎紀世彦 「また逢う日まで」 作詩;阿久悠/作曲;筒美京平 1971年の日本レコード大賞受賞曲。天地真理さんデビュー年、尾崎さんのレコード大賞受賞決定の瞬間と直後のステージは、小生の中学生時代、ハッキリとした記憶があります。

 1971年(昭和46年) 日本レコード大賞受賞! 尾崎紀世彦
 
 JASRAC会員作家インタビュー 第二回 筒美京平

 さて、1975年3月、二年半続いた冠TV番組・真理ちゃんシリーズを終え、ヨーロッパへの長期休暇旅行、帰国後の主演ミュージカル「君よ知るや南の国」公演を経て、初期の超絶の人気に陰りが見られたとされる天地真理さん。アイドルとしての人気低下は、歌唱はさらに上達さえしていると評せられても、レコードのセールスに影響してきました。
 ここで、プロダクション・スタッフは、中三トリオ、アグネス・チャン、麻丘めぐみらの、若いアイドルの台頭に対して、天地真理さんに大人の歌を推し進めたのでした。

 この時期、すでに「ブルー・ライト・ヨコハマ」や「また逢う日まで」で売れっ子の作曲家、筒美京平さんに、曲作りがゆだねられました。これは、1975年12月、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」がLPからシングルカットされ、大ヒットとなった時期と前後する、まさに筒美京平氏が最も油に乗った時期と言えるかもしれません。

 天地真理さんのシングルは、11枚目~14枚目の大人の歌、「想い出のセレナーデ/わたしの場合」、「木枯らしの舗道/ブランコ」、「愛のアルバム/京都でひとり」、「初めての涙/君よ知るや南の国」が森田公一や宮川泰によって作曲された後、筒美京平作品、合計6曲が、天地真理のシングルに提供されました。
 すなわち、シングル15枚目(1975.9.1)のA面が「さよならこんにちは」、B面が「明日また」。16枚目(1975.12.5)のA面が「夕陽のスケッチ」、B面が「小さな人生」。17枚目(1976.4.21)のA面が「矢車草」、B面が「一杯のレモンティー」でありました。

 Mari Ageinさん 天地真理 夕陽のスケッチ 1975

 gessyさん 「一杯のレモンティー」 天地真理さん 1976

 アルバムはさらに曲を追加し、天地真理さんは筒美作品10曲を歌ったことになります。すなわち、9枚目のアルバム「小さな人生」(1975.12.21)において、川口真氏と作曲を分かち、筒美京平氏によって、全13曲中、「レインステーション」、「家なき子」、「ある恋の感想」、「さよならこんにちは」、「夕陽のスケッチ」、「明日また」、「明日への愛」、「小さな人生」の合計8曲が天地真理さんに提供されました。また、10枚目のアルバム「童話作家」(1976.12.21)に「矢車草」、「一杯のレモンティー」があります。

筒美京平作品_天地真理

 天地真理さんが歌った筒美京平作品。上2曲はカバー。 下2曲はライブ「私は天地真理」から。この4曲(歌唱音源)を除き、シングル、アルバム合わせて10曲でした。 

 天地真理ずっと歌って行きたい

 天地真理さん 「ずっと歌って行きたい」

 hiroIGA51さん 天地真理/「レイン・ステイション」 1975

 筒美京平作品が、歌手・天地真理のヒット曲とならなかった理由とは・・・。筒美京平氏ご本人はヒットしなかった理由は反省しないとし次々と作曲を行うスタイルのため、答えを見出すのは難しいと思われますが、天地真理さんにとって重要で興味深いテーマです。小生にとっても数回にわけて考察したいテーマと思う、2015年の年の瀬です。


MR52 弁証法による歌手・天地真理の評価(試み)


 弁証法Dialektikは、カントやヘーゲルのドイツ哲学者によって多用された思考法です。カントは神の存在の有無、世界の時間における始まりなどを、二つの考え方・二律背反(Antinomie)を対立させ、どちらも確実とは結論できないとする、否定的な断定を行う論法を示しました。
 一方、ヘーゲルは、二つの考え方から、否定・保存・高揚する三つの意味を含む止揚[アウフヘーベン(Aufheben)]する、すなわち、「定立(テーゼ)」と「反定立(アンチテーゼ)」を対峙させて考察し、「総合(ジンテーゼ)」的に結論づける肯定的な弁証法を用いたとされています。(高坂正顕著「哲学は何のために」理想社、昭和34年.ほか)

 小生は、分からずとも哲学書が好きで、学生時代に手始めにカントの「プロレゴメナ」を読みましたが、社会人になり、元本のカントの代表作「純粋理性批判」を通読しました。かなり難しく、理解できたところはごくわずかな気がします。「西洋哲学の歴史」や哲学入門書については、岩波文庫などで読んでいましたが、ヘーゲル自身の著作は、わずかな読書で詳しくはありません。しかし、カントの言では「哲学書をやみくもに批判することより、哲学することが大切である。」との意味の勧めがあったと思います。

 さて、それでは、天地真理さんを再発見した、この3年あまりで得た知識で、歌手・天地真理について哲学してみましょう〜!

(A)天地真理は歌が下手と評価する人たちの根拠は・・・

1) 歌い方がワンパターンに聴こえる。明る過ぎて、悲しい場合やつらい立場の人たちは聴いていられないと思う。
2) 日本で一番レコードが売れる歌手であるが、歌はそれほど上手くない。(雑誌や新聞などで音楽関係者と思しき人たちに書かれたことがあった。)
3) テレビや地方のキャンペーンやイベントでは、さらっとした不本意な歌唱を行う時があった。(1曲、あるいは2曲程度の披露で、喉や体調が不調な場合も、一人アイドルであるため、ファルセットで無理して歌わざるをえない。)
4) 人気絶頂期は聴衆の声援や指笛の音量が大きすぎて、歌がよく聴こえず、上手いか下手か判別できなかった。よく聴こえないから・・やっぱり下手ではと思った人が少なからずいた。
 ・・・歌手・藤圭子の娘「宇多田ヒカル」は在米し、日本でいくつかの大ヒットを飛ばしているが、日本開催の彼女のコンサートを初めて聴いた人で、声量が少ないと感じた人は、宇多田ヒカルは歌が下手ジャンと評価していた。
5) 三人娘でそろって公開番組に出た時、一番声が出ていなかったようだ(ロッテ歌のアルバムかなぁ)。天地真理さんの歌は基本的にオールファルセット。このため地声で歌う部分がないので、短くつまみ食いするような、ちょい歌は、実力を発揮するにはむずかしいのかも知れない。
6) 時代をプロデュースした渡辺晋氏のNHK特集。渡辺氏は、「アイドルは歌が上手くなくてよい。」としている。アイドルは歌がうまいと玄人受けするが大衆に受けないの意ではなかろうか。天地真理さんの場合、コンサートやレコードに吹き込んだ美しく上品な歌い方に比較して、レコード大賞等の受賞時や紅白歌合戦のステージ、はたまたお笑い番組などでは大きく異なり、むしろ”歌の上手さにこだわらない”元気いっぱいのパフォーマンスを見せている。出番直前、「さあ、真理ちゃん、がんばって行こう~!」なんて言ってナベプロの社員に送り出されていたのかも知れません。

  Sugi4Geruさん 天地真理「虹をわたって」1975.5.10 お笑い頭の体操

7)  ブログやネット上のコメントで、「友達が(TVでの)ポップスはそれほど上手くないと言ったが、私は天地真理はフォークは上手だよと教えた。」とか、「若いときは上手な歌手だったが、30代では下手になった。」など、おそらく天地真理の歌唱コンテンツ全体やライブの歌声を聴くことなく、歌の上手さについて限定的評価を行っている場合があった。
8)  当時の週刊誌や現在のネット上のコメントは、必ずしも優れた音楽家が行っているとは限らない。確かに、美空ひばり、森昌子、ドリカムの吉田美和らは、そろって評価が高いと思われる。しかし、爆発的な人気の歌手について、たとえば「赤い風船」(安井かずみ/筒美京平)を歌った浅田美代子など、アイドルなのに他の歌手のヒット曲がオリコン1位になることを長く阻止していたなど、ひがみ節もあって、ひどく叩かれた。真理さんもそうで、絶大な人気者で他のアイドルや若い女性歌手の活躍が目立たないため、非難は勲章かもしれない。

(B)天地真理は歌が上手と評価する人たちの根拠は・・・・

1) 音楽大学付属中・高を卒業し、楽譜が読め、ピアノ、ギターが演奏でき、音程やリズムが確かである。分刻みでスケジュールをこなすトップアイドル稼業に大忙しで、楽譜初見で ”自ら ピアノを二回ぐらい弾き(ここが大事)” 、すぐレコーディングをしていた。テレビに出ない日はないと言われた国民的スーパーアイドル、超人気アイドルであったため、作曲家が同席しない深夜、1曲、1曲というレコーディングも致し方ない状況であった。
2) 全音程を地声で歌わず、高音部も低音部も、のびやかなファルセットを駆使する。
3) ライブコンサートでの弾き語りは、見事で美しいファルセットで歌っており、レコード化した音源を残している。「天地真理オン・ステージ」1974、「私は天地真理」1976。また、小柳ルミ子とのビックショーなどの番組では、十分なリハーサルを行っているからか、素晴らしい歌唱を披露している。

  PAKURONさん 四月の雨/天地真理&小柳ルミ子

  bellwood58さん 小柳ルミ子・天地真理 ビッグショー

4) 当時、見目麗しく、たいそう可愛らしかったため、TVではその外見に魅了された若者が多かった。しかし、市中に流れるラジオでさえ癒しの歌声を感じることが出来て、高校生の小生は、「若葉のささやき」の真理さんのファルセット、アルファ波が全開で、頭の中の血液がさらさらとなる快感を味わった。リチャード・クレイダーマンのピアノに匹敵する感じ。このようなクラシック音楽的なピアノやオーケストラのバイオリンのような歌声は、天性あるいは音楽教育によるものと思われるが、いずれにしろ、現在でも「音楽はクラシック音楽と天地真理しか聴かない。」とおっしゃるファンの言は驚くべきことでは。
5) 朝早く、天地真理さんのLPを続けて聴いていると、私などは深く感動し、心が豊かになる。「われLP聴きて、静かに深く感動ス。ゆえに歌の上手な天地真理は存在する」。多くの人がなんと言おうと、様々な評価があろうと、デカルトが懐疑論をつきつめて考えた末に結論づけた「我考う(われ思う)、ゆえに我在り」Cogito, ergo sum(方法序説)と同様に、「われ想う、ゆえに美声の素晴らしき歌手・天地真理は世にあり」となる。
 すなわち、「われ想う、ゆえに歌手・天地真理あり」との認識に至る。
6) ソニーミュージックの関係者によってプレミアボックスや復刻版、ゴールデンディスクが企画、発売され、関係者には、歌が高い水準で、生産数を限定してはいるが、今でもある程度売れることが分かっている。2015年の歌手・デビュー記念日(10月1日)では、ソニー関係から天地真理さんに花束が届けられた。
7) タワーレコードなどCD販売店では、Jポップスコーナーに天地真理の最近制作されたソニーミュージックの高音質CDが陳列、販売されている。
8) ソニーミュージックは、天地真理ファンクラブと共同企画で、天地真理の代表的ライブ「私は天地真理」の秘蔵スチール写真によって構成したスクリーン・コンサートという作品を編集し、現在、東京都内原宿のミニシアターで、定期公演を行っており、大阪や福岡でも開催された。次回作に「天地真理オン・ステージ」のスクリーン・コンサート作品が予定されている。

(C)弁証論的結論について試みです(悪しからず)

 天地真理さんの地声は男性の音域に近く(真理さんのデビューから人気絶頂の時期に大きな働きをしたプロデューサー的マネージャー菊地さんが、「男のファルセットのような声で歌うのでおもしろいと思った」と評している。)、低音から高音までいわゆる「裏声」ではあるが、高度なファルセットでカバーし、かつ繊細な感情や高音部の空に突き抜けるような美しい歌を唄うことが出来た。

 一方、十分な腹式呼吸等を伴うファルセットを貫くためには、体力・体調が十分ではないと可能ではない。天地真理さんは、デビュー二年目にして「若葉のささやき」、「恋する夏の日」を大ヒットさせた直後、「空いっぱいの幸せ」のLPアルバムで、絶頂の美しく、のびの秀でたファルセットを駆使し「銀座一人ぼっち」や「愛と涙と約束と」を歌い上げた。しかし、この二曲は、高度のファルセットを伴うためか、二大ライブ等では歌われることがなかった。

 歌手・天地真理の特徴は、「悲しい歌にも希望があることを伝える屈託のない明るい歌い方」、「空いっぱいに広がる伸びやかな美声」、「各句の語尾を丁寧に音をやや伸ばして置く感じ」、「水を得た魚のように、息を一気に出し跳ね上げる歌い方」などである。
 反面、つらい悲しみ、人生のやるせなさ、どん底感、愛憎や固執等どろどろとした人間の愛と憎しみ等を演歌歌手並みに表現することがなかった。これは、真理さんが地声ではなく、ファルセットで歌唱する場合にあてはまるが、地声、低音で歌唱するときは、デビューシングルのB面曲、「風を見た人」やライブで時折うたった「赤提灯」、「母」など、深い悲しみや熟慮する女性の心情を表現することが出来た。したがって、天地真理さんが、演歌調の前奏が彼女の曲では異色の「夕陽のスケッチ」や「矢車草」のシングルが、石川さゆりの「天城越え」の域に達するには、地声での歌唱を要したのではないか。

 天地真理さんは、数多くの明るく、楽しく、やさしく、慈愛深い、美しい歌唱作品を残しているが、これは、2015年7月25日、土曜の午後1時からNHKFMで全国放送された「歌謡スクランブル・天地真理作品集」の圧巻の全18曲を状態の良いラジオ、ステレオ(コンポ)で聴くと明らかである。他の歌手で比較できる歌手が思い浮かばない。

 上記の議論を総合すると、天地真理の歌唱法は、 『低音の地声を封印したため負の心情表現を概してにがてとし、また体力・体調の影響が大きいという欠点を持つが、美しく、のびやかなファルセットを駆使し、明るさ、愛らしさ、歓び、励ましを表現した音楽作品をつくり続けた類を見ない”癒しの歌唱法”』、と評することが可能と思われる。


(以上)
プロフィール

hatogairu kouen

Author:hatogairu kouen
大津波の甚大な被害は住民にも地域にも大きなPTSD(心的外傷後ストレス障害)。「夏を忘れた海」と生きる人々の心の復興を願う。三陸海岸K市育ち,杜の都在。

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