MR62 新・天地真理ファンクラブ五周年おめでとうございます


 天地真理さん、ファンクラブ事務局スタッフ一同様、真理さんのファンクラブの皆様、新・ファンクラブ、五周年おめでとうございます。発足の2011年4月1日は、東日本大震災から20日後でした。

 仙台在住の小生は、当時、たまたま岐阜県内の老朽化社会資本の調査を取りまとめていて、地震で東北新幹線が不通な状況でしたが深夜の高速バスのチケットを入手し、年度末、とりあえず、報告書の説明に岐阜の顧客まで行きました。帰りは、東京で高速バスの待ちがあって、4月1日の午前中は浅草に行って建設中の新・東京タワーを見学していました。隅田川の桜はもう散り始めていました。温かな陽気の東京でした。
 私が天地真理さんを再発見しファンクラブに入会したのは2012年11月ですから、あの日が、真理さんの新しいファンクラブの発足日だとは、当時は知る由もありませんでした。



「若葉のささやき」/祝 新・天地真理ファンクラブ五周年

 東京は今、さくらが見ごろでしょうか。真理さんの名曲、「若葉のささやき」は、日本の春の代表的Jポップ、これから一番似合う季節となります。1973年のレコード大賞編曲賞で「若葉のささやき」を歌う真理さん、上の私のスライドショーにあるように想い出の足音さんのサイトで静止画が公開されていますが、今後は、是非、動画で見たいものです。誰かアップしてくれないでしょうか。今年は期待したいところです。

  『天地真理 想い出の足音』ウェブサイト・メニューページ

  1973年度 輝く日本レコード大賞 編曲賞 「若葉のささやき」/TBS

  takebayashinositaさん/若葉のささやき 天地真理 .mpg

 次のリンクは、3月31日、中島志津男氏の最新公開真理ちゃん、です。当時のバンドはちょっと軍楽調、声を大きく元気に歌わないと演奏に埋もれてしまいます。それでも、真理さんは、ファルセットで、出来るだけ爽やかに春の心象を歌い上げます。この日は10月10日、1964年の東京オリンピックの開催日を記念する体育の日、祝日でした。関東に居たら、どうしても見に行きたい、読売ランドでしたね。まったく、都会モンはうらやましいです。

  天地真理_若葉のささやき_よみうりランド001

  中島氏 天地真理/若葉のささやき 昭和48年(1973年) よみうりランド

 この時期、天地真理さん親子は、例年、京都に小旅行をします。これは、芸能界のお母さん、森光子さんのお墓まいりと言われています。[森光子さんは、御存じの方は多いと思いますが、Wikipedia によると、本名 村上美津、1920年(大正9年)5月9日生まれ、2012年(平成24年)11月10日没、代表作・舞台「放浪記」、生前に国民栄誉賞を受賞した俳優第一号、辞世の句は「みなさん、一生懸命される仕事を生きてね」だと報じられています。]

 今年は、4月10日。その際、例年、天地真理さんは京都市内でファンとの交流会を開きます。真理さんは、どのような御様子でしょうか、どんなことを話され、どんな歌を口ずさむのでしょうか?(お断り;今年はスクリーンコンサートと音楽家の方のミニコンサートがあって、一般客にオープン。催しには真保さんは参加、真理さんは不参加でした。桜もまだ咲き誇っていたそうです。)  

  video channelさん SONY α6300 桜 京都嵐山 2016

 さて、小生の三年余りの”天地真理応援の小史”は、前半はYou Tube投稿の日々でした。作品作りに朝が来るのも忘れて熱中し、ヒロさん、エヴァさん、平和師匠、広島のピアニスト・エリーナさんとコメントをやりあった日々は楽しいものでした。2014年4月1日に、上の「若葉のささやき」の前身の作品が消された日、私の投稿動画すべては、「私が夢だった日」になりました。
 とはいっても、最近、気を取り直して、「ひとりじゃないの」のMプロジェクトとミックスしたショートバージョンと国民的スーパーアイドル・天地真理の歴史や優れた歌手であることを強調した作品の修正版、計三作品のみをY.T.にアップしました。その後、このブログ内にリンクしましたので、お気づきの方もいらっしゃるかもしれません。

 次の作品は、私が外国人の人にも分かりやすいように、ローマ字で歌詞をつけたもので、当時、平和師匠も感心してくれました。奇特な外国人の方でしょう、奇跡的にコピーされ、Y.T.のフィールドに残っているのを見つけました。ありがたい事ですね。天地真理さんのファンは、どのぐらいの数か良くわかりませんが外国にもいらっしゃるようです。

 Mari Amachi, Mizuiro no Koi Love in blue

 なんとこちらの外国人の方は、真理さんのレコード再生中を何個か動画UPです。真理さん人気はけっこう国際的な広がりがありますね。真理さ〜ん、ちゃんと聞いてる?

  Robart氏真理さんレコード

  MARI AMACHI / melodies for tomorrow ; '73 #3 Kokoro no nikki

  MARI AMACHI / melodies for tomorrow ; '73 #4 Hatogairu kouen

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MR61 春一番~センバツ高校野球大会に母校が出場します


 三月も下旬を迎え、春が来ます。
 「若葉のささやき」にふれる前に、天地真理さんの後輩のヒット曲を聴きましょう。

   キャンディーズミニスカかわいい

  春一番 キャンディーズ 1976.3.1 /作詩・作曲・編曲 穂口雄右

  キャンディーズ 歌手のものまね

(解説)穂口雄右氏(ほぐち ゆうすけ)・・・天地真理さんの「木枯らしの舗道」、「秋にあなたと」の作曲者としてわれわれになじみ深い方です。「春一番」「年下の男の子」「微笑がえし」等代表曲の作詞や作曲を担当した作曲家。元GSアウト・キャストのメンバー。16才の時に、プロとしての活動を開始。その後、日本大学芸術学部在学中に、作曲・編曲家の森岡賢一郎に抜擢され、19才で最年少のスタジオミュージシャンとなり多くのレコーディングセッションに参加。23才で作曲・編曲家に転向。インターネット時代の音楽著作権について独自の視点で主張を行っている。

 今年は、春の選抜高校野球には、郷里の母校、釜石高校野球部が21世紀枠で選ばれ、同じく21世紀枠で選ばれた小豆島高校と初戦で戦います。あの東日本大震災から5年、ともかく後輩たちには、明るく楽しく爽やかに、のびのびとプレーしてほしいと思います。

  釜石高校野球部選抜オメデトウ2016
  釜石高校野球部選抜オメデトウ March 2016

  栄冠は君に輝く ~全国高等学校野球選手権大会の歌~

  センバツ選手宣誓・小豆島高校主将・樋本尚也君/今ありて 2016

 1973年春、選抜高校野球の入場行進曲は、天地真理さん、「虹をわたって」でした。前年は、尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」、次年はアグネスチャンの「草原のかがやき」でした。坂本九「上を向いて歩こう」、橋幸男・吉永小百合「いつでも夢を」、水前寺きよ子「三百六十五歩のマーチ」、森昌子、岩崎宏美、松崎しげる、西條秀樹、松山千春、松田聖子・・・・皆、その年の明るい時代を代表する歌が選ばれました。

  1973選抜開会式真理さん

  天地真理/虹をわたって(1972)

  虹をわたって/ 天地真理さん 1973年 第45回選抜高等学校野球大会入場行進曲

  釜石高対小豆島高160321

  釜石小豆島2対1

  釜石岩間投手

  小豆島長谷川投手

 母校の試合は3連休の最終日、3月21日、午前9時からでした。先ほど、釜石高校が2対1で小豆島高校に競り勝ちました。岩間投手はじめ一丸となって、生き生きとねばり強く戦いました。
 小豆島高校は、島からの大応援団のもと、選手宣誓をした樋本主将、剛腕の長谷川投手を中心にまとまり、四国らしい強い当たりを放ついいチームでした。17名しかいない野球部に、島の皆さんはおそろいの赤いジャケットに18番の背番号をつけて応援しました。被災地のチーム・釜石高校ですが、こちらもとても心が熱くなりました。小豆島の皆様、大変ありがとうございました。

  小豆島高校vs釜石高校 第88回選抜高校野球大会 ハイライト

  ありがとう小豆島

 釜石は製鉄所の町、釜石高校の校歌にある”鋼鉄の意志(はがねのこころ)”に、釜石の人々は製鉄所の赤い銑鉄、溶鉱炉を連想します。けっして、心だけでは、野球は勝てませんが、昨年、宮城の強豪校と延長戦の接戦をした経験が生きているのでしょう。
 そして、未曽有の大津波災害も、どこかピンチの時の心持に強さを与えているのかも知れません。力投したピッチャーの岩間君、まだお母さんが行くへ不明のままだそうです。お母さんを思い出して、どんなに辛いことでしょう。チーム皆、はがねのこころ、がんばりました。

  釜石高校 アルプス応援歌 2016選抜高校野球 甲子園

 釜石高校は、周辺の大槌町や遠野市からも生徒が集まりますが、遠距離通学は1時間以上はかかるでしょう。普通の共学進学校です。野球部の伝統的に強い私学等に当然力はかないません。ただ、次戦ものびのびと当たって砕けてほしいと思います。勇気をもって。

  滋賀学園対釜石は9対1マウンド

 3月25日の二回戦、秋の近畿大会準優勝の滋賀学園と対し、9対1と力負けしましたが、完投した岩間君ほか三陸っ子のチームはがんばりました。滋賀学園はピッチャーが沖縄出身、他の選手も近畿エリアなどから集まるチーム、地元出身者だけの県立釜石高校に負けることは出来ません。皆、背負っているものは色々です。それでも、釜石は強打線に対して良く守り、タイムリーで鮮やかに1点を返しました。巨大津波に対するのと同じ、圧倒的な相手にも鋼鉄の意志の片鱗を魅せました。応援団もよく頑張りました。最高ですネ!!

   はがねのこころ

 真理さん、はがねの心、っていい響きでしょ。真理さんも、お母さんに似て、明るく優しくも”鋼鉄の心”の持ち主ですネ。

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MR60 天地真理さん 春に唱歌を歌う

 
 3月上旬の今日は、年度末工期(納期)の多い職業の小生、ちょっとがんばり過ぎて体調を崩しお休みしております。この冬初めてかぜを引き、救いがたい”うましか”ではないことが判明しました(爆笑)。最寄の内科は患者さんがいっぱいで、午後においでくださいとのこと。しからば、ラッキーということで、軽めの記事を書いてみることにしました。

 今回は、あくまでヒットをねらうプロ(職業であれば当然でしょう)の立場より離れて、気楽に唱歌を歌う天地真理さんにふれてみましょう。
 音源の公開は、Sugi4Geruさんです。この方は、天地真理さんのいろいろな放送やライブなど貴重な歌唱、音源を収集されています。その守備範囲はかなり広く、野球で言えば、イチロー選手、昔では阪神のシピン選手(えっ覚えていない?)を彷彿させます。おそらく真理さんの全盛期からの熱烈なファンのみならず、真理さんファンは皆さん大変感謝していると思われます。

 まず、一曲目は「早春賦」です。早春、東北は春が待ち遠しいですが、関東、西日本はもうあったかい日もありますね。真理さんは力を入れず、さらっと歌っています。

  Sugi4Geru氏 天地真理 「早春賦」 1976.1 シャボン玉プレゼント

  早春賦(NHK東京放送児童合唱団)

 二曲目は「さくらさくら」。国歌の次に日本を代表する歌。真理さんは、音楽学校の優等生のように、丁寧に歌います。

  Sugi4Geru氏 「さくらさくら」 天地真理 1975.4.11

  みかんの花


 三曲目は「みかんの花咲く丘」。みかんは白い花を5月につけ、むしろ初夏に咲く感じだそうです。北国育ちはりんごの花は知っていますが、みかんの花、見てみたいなぁ~

 まず、戦中、戦後、少女・童謡歌手として日本国民を勇気づけた本家・川田正子さんの歌唱です。本家はもちろん、うまさも、歴史の重みも感じます。特に「みかんの花咲く丘」は、あの戦争の直後、明るい温かい歌こそ、子供たちを元気づける歌だったんですね。静岡からのラジオ放送が最初だったようです。

  川田正子童謡名曲集51

  川田正子みかんの花咲く丘

  みかんの花咲く丘 川田正子

 不届きものの小生は、川田正子さんのお名前は知らなかったのですが、この歌も、トンガリ帽子も、里の秋も、可愛い魚屋さんも歌われた有名な童謡歌手なのですね。変声期に童謡歌手を引退するとき、NHKが特別番組を放送したほどの国民的少女歌手で、その後、本格的に声楽を学び、少年少女合唱団をつくり童謡文化を育てた偉大な声楽家でした。彼女のお声は、今までどこかで必ず聴いていたはずです。

  四日市童謡愛好会 童謡歌手 川田正子さんの特集

  川田正子 - とうだいもり, 灯台守

 長らくお待たせしましたが、次は高度成長期の歌姫・天地真理様の歌唱です。 

  Sugi4Geru氏  「みかんの花咲く丘」  天地真理 1975.3.31

 真理さんのファルセットの「みかん・・・」、川田さんに優る人はいないわけですが、それでも、すばらしいですね。はじめて、聴いた人は目からウロコが落ちるでしょ!真理さんが、地鳴りを起こす如きそうぞうしい大観衆の面前以外で、きちっと歌うとこんなもんです。エヘン!!(えっ、私じゃないよ、真理さんがおっしゃっています。たぶん・・・)

 皆さん、お気づきですか、今回引用した真理さんの歌唱はいずれも1975年~1976年です。レコード売り上げは下降しても、真理さんの歌声は、まだまだ素晴らしかった。ヒットと歌唱のうまさは、必ずしも一致しません。ただちょっと、1976年1月の早春賦、それこそ風邪か体調不良か、ちょっと元気がないのが気にかかります。

   ミニ自転車の真理さんTM

 さて、天地真理さんを小生が初めて知ったのは、たしか中学二年の学習雑誌(学研)でした。巻頭に近いページに、若々しい天地真理さんが車輪の小さなおしゃれな自転車にまたがって、長い脚を伸ばしたきれいな写真がありました(この時の写真には実はまだ再会していません)。真理さんは輝き、輝いていて、ガーンという衝撃の美しさでした。
 だが、しかし、いなかの中学生、すぐに考えたのは、どう見ても20才頃の女性タレント、きっとそばにカッコいい男優や男性ミュージシャンがいて、いつもデートに誘われているんだろうな。例えば、東京にはジュリーとかカッコいい男がいっぱいいるはず。私は、瞬間的に、この女性は見なかったことにしようと心を閉ざしました。同年代の中三トリオとかまだ親しみやすかった。森昌子はおちゃめで歌が上手かった・・・桜田淳子はクッククックと可愛いらしい・・・、山口百恵は若くして美しさと迫力がありました・・・。

 その後、天地真理というアイドル、彼女の「ひとりじゃないの」をはじめとするオリコン上位のヒット曲を知らない国民は、ほとんどいない状態になりましたが、私が真理さんを強く意識したのは「若葉のささやき」がヒットし、あのファルセットに快さを感じた高校1年生の春だったのです。

 では、何故、今、恥ずかしがり屋の東北人が、超大物のスーパーアイドルの応援をするのか。東日本大震災の復旧関係の仕事で太平洋沿岸の現地を何度も訪れた中で感じたことは、私は亡くなった方々と同じ、死んだも同然じゃないか、ということでした。三陸にひとり住いの母も杜の都の自分も家族も兄弟も、生きていることは偶然じゃないかということでした。過去にとらわれず素直に生きていこう、悔いなく生きて死のう。亡くなった、いまだに行方不明者もふくめ約2万の尊い命には、尊い夢や未来、楽しい日常があったはずだから・・・、そう思ったからなのでした。
 
   ひーさん散歩道からネガスキャナーMA

  この真理さんは、ポスターをカメラで撮影した過去のネガから起こしたものだそうです。
  ひーさんの散歩道(宮城県内の方のブログ)より

   MA201306CV

 真理さんと自転車のキーワードで検索して見つけた画像です。詳細は不明です。真理さんには多くのポートレートがあります。私たちは、何を基準に真理さんを認識しているのでしょう。

  CBRSZ.さん 花嫁の友だち♪ 天地真理 (1974.6)

 どの写真も恐るべし、やさしく美しき天地真理です。得てしまったビックネームと芸能界の厳しさに苦しみ、白雪姫を死守することがかなわなかった真理さんですが、今やファンの多くは大人、すねに傷持つ大人です。天地真理さんの残した数多の良きもの、今の真理さんと娘さんのやさしさと明るさを大切に、45周年、皆でがんばっていきましょう。
 
 天地真理様は、最近のFaceBookでプラネタリウムを初めて見て、星座を覚えたりし、楽しかったと報告されました。しかし、ファンは皆、想います。真理さん、あなたご自身が、夜空に輝く星なのです。その星は、戦中・戦後に活躍した川田正子さんや美空ひばりさんとは異なりますが、高度成長期に育った日本人にとって今でも巨大で、あの時代の象徴でした。だから、大手新聞社でさえ「あの時代、アイドルといえばこの人でした」と、大観衆の前で歌う真理さんの写真を解説するのです。

 ファンクラブ主催の45周年記念祭は、真理さんの御希望で、ファンクラブ限定の会になる模様です。真理さんとしては、心ない一般大衆からの視線や言動、大衆週刊誌の記事などは確かに気になるところでしょう。われわれファンは、一人の役割は小さいですが、毎日、真理さんからいただいている恵みの雨に感謝して、最高の賞賛と温かき感謝の心で、彼女の労に報いる会にしたいものです。


MR59  岩谷時子女史と筒美京平作品/LP「童話作家」


 今日はひな祭り。北日本はまだ少し寒い気候が続いていますが、春はもうじきです。
 ところで、今まで、LP「小さな人生」に収録された筒美京平作品について感想を述べてきましたが、最後に、このLP以後の「矢車草」と「一杯のレモンティー」についてみてみましょう。

 今までのおさらいをすると、筒美京平氏作曲による天地真理さんのシングル曲は、次の3枚、全6曲ですね。

・15枚目のシングル(1975.9.1)  さよならこんにちは/明日また
・16枚目のシングル(1975.12.5)  夕陽のスケッチ/小さな人生
・17枚目のシングル(1976.4.21)  矢車草/一杯のレモンティー

 この中で、16枚目のシングル曲までは、1975年12月発売のLP「小さな人生」に収録されていますが、このLP以降に発売された17枚目のシングル曲は、A面、B面ともに岩谷時子さんの作詩で、1976年12月発売の「童話作家」に収録されました。

 岩谷時子さんは、1916年生まれ、2013年没、昭和歌謡曲の代表的作詞家、訳詩家として有名です。越路吹雪さんと親交があつく、越路さんの生涯マネジャーでした。

 岩谷時子音楽文化振興財団公式Website

 岩谷さん、ヒット曲は多数で、越路吹雪「愛の賛歌」、「サン・トワ・マミー」、ザ・ピーナッツ「ふりむかないで」、「恋のバカンス」、岸洋子「夜明けのうた」、加山雄三「君といつまでも」、「お嫁においで」、ピンキーとキラーズ「恋の季節」など、それこそ、忘っすれられないの~♪の名曲を多数世に送り出しました。

 加山雄三 君といつまでも エレキの若大将(1965年・S40年)

 お嫁においで 加山雄三 (1966年・S41年)

 恋の季節 ピンキーとキラーズ 1996 (1968年・S43年)

  矢車草NGB2013cap
 
  gessyさん 名曲「矢車草」 天地真理さん

  ヒロ氏 天地真理 ハイカラ茶房 「一杯のレモンティー」 

 この後、1976年7月、岩谷時子作詩、加山雄三(弾厚作)作曲の明るい「愛の渚」が、真理さんの18枚目のシングルとしてリリースされたのでした。

 矢車草も愛の渚も、シングルジャケットは明るい真理さんの写真が採用され、かつてのファンクラブ会員の方でしょうか、「真理さんが、また、明るくなってホッとした。」とする当時の感想が、動画サイトのコメント欄に見られます。

  Mari Ageinさん 天地真理 愛の渚 再UP

 さて、ここまで話して何かが少し引っ掛かります。

 それは、1975年4月発売の「愛のアルバム/京都でひとり」、同年5月発売でミュージカル「君よ知るや南の国」のプロモートシングル「初めての涙」を売り出していた頃、音楽番組出演時の衣装とお化粧、ストレートヘアー気味のショートカットのことです。これまでの、笑顔の真理さんを改め、「大人の愛を歌う天地真理」的な売出し戦略だったと思われます。

   愛のアルバム003
   Mixchan.さん 愛のアルバム

   初めての涙002
   Mixyann.さん 天地真理/初めての涙

 さて、上の動画を見ると、このイメチェンは、ご本人にとって精神や嗜好がどこかジャストミートしていないと思われるイメージ、だったのではないか。 何故なら、保母さんという職業に憧れていたという真理さんは、大人の歌に没頭するよりも、自分の気持ちのままスタジオ見学の幼い少女に近寄り、やさしく話しかけているように見えるから。また、多少ジョークかも知れませんが、カメラ目線が、真理さんにしては落ち着かず、何かを訴えているように感じられるからです。


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Author:hatogairu kouen
明るき癒しの歌声、天性のファルセットを紹介し、悩める日本人を応援します。

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