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MR103 麻丘めぐみ「わたしの彼は左きき」(1973)の記憶


 1973年、7月にリリースされ、一躍、全国的にヒットした麻丘めぐみの「私の彼は左きき」。この年、高校一年生のわたくしは、三陸の製鉄所のある町、市街中心部の本屋さんで受験参考書を物色しながら、店内にながれるこの曲を聴き、悦にいって楽しかった記憶が鮮明にあります。そのとき偶然に担任の数学教師にお会いしたような気もします。

 1973年、昭和48年といえば、3月に「若葉のささやき」、7月に「恋する夏の日」の週間オリコン一位のヒットを飛ばし、絶頂の人気を誇った天地真理さんがおりました。しかし、同時に、地方の高校生だった私には、ラジオやテレビのメディアでは、麻丘めぐみさんは、真理さんより年齢が近く、お姫様カットで品がよく、徳川のお姫様か平安貴族の日本顔の女性として好きだった記憶が強烈にあるのでした。決して芸能情報を追っかけるほどではありませんでしたが。


 
 麻丘めぐみ「わたしの彼は左きき」(1973) 作詞/千家和也,作曲/筒美京平
 この曲の大ヒットで、真理さんの受賞翌年、同じく(第15回)レコード大賞大衆賞を受賞した。

以下 Wikipediaより(一部加筆、省略)
 「わたしの彼は左きき」(わたしのかれはひだりきき)は、麻丘めぐみの通算5枚目のシングル。1973年7月5日発売。発売元はビクターエンタテインメント。
 南沙織や天地真理、小柳ルミ子ら新・三人娘とともに "元祖女性アイドル" と語られる機会もある麻丘めぐみ。曲中の「左きき」の歌詞に合わせて、顔の高さに掲げた左の手のひらと甲を交互に見せる振り付けが特徴の一曲である。
 売上枚数は総計50万枚以上。オリコンチャートで唯一の1位獲得曲(8月27日 - 9月3日付)であり(注)、麻丘の代表作として広く知られている。

 (注)天地真理さんの「恋する夏の日」は7月1日リリースで、7月16日から6週間、8月下旬まで一位をキープしましたから、この歌の下、二位につけて人気を博し、夏休みが終わるころ、やっと一位に躍り出たのが麻丘めぐみの「わたしの彼は左きき」だった模様です。(オリコン一位ヒットソングデータ参照)

 
 麻丘めぐみデビュー曲 「芽ばえ」(1972) 作詞/千家和也,作曲/筒美京平
 生まれは1955年10月11日、熊本生まれ大阪育ち。歌手デビューは、1972年6月5日。生まれは天地真理さんより四年若く、歌手デビューは真理さんのそれ(1971.10.1)に次ぐこと七か月後という同時代性でした。

     麻丘めぐみ森の中で
   そもそも女優でモデル。ミニスカート、良くお似合いです。

 今のネットでも「特Aアイドル」と呼ばれる。子供の頃から子役やモデル業を手掛け、歌手としてヒットを狙うお姉さんと支えるお母さんと三人での耐乏東京暮らし。当時、ジャガイモ主体の料理ばかりだったとか。お姉さんの歌手活動を支えるために、レコード会社(演歌のビクター)の怖い?黒ずくめの背広を着た人たちのアイドル歌手の誘いに、渋々応じたとの逸話があります。

 
  麻丘 めぐみ 芽生え/ビクターレコードPV

 息の長いフォーク歌手を志ながら、アイドルソングを歌いスタートから大ヒットを連発した天地真理さんとは異なり、16歳でデビューですから、十代から二十代前半までを売りとする若者向けのアイドル歌手としては新・三人娘(三者三様ですが、歌が命といううまさ)より、王道のかわいいアイドルの元祖といえるでしょう。顔だち、表情、品の良さ、若さ、元気さ、歌う時の振り付けの自然さ、リズム感の良さ、一番と二番の間のお辞儀の奥ゆかしさ。天地真理さんは長寿・子供番組を持ち、レコードも関連グッズもビッグビジネスだったため、「国民的スーパーアイドル」とも呼ばれますが、こうやって振り返ると最も典型的な若者(主に10代)のためのアイドルの特Aは、むしろ麻丘めぐみさんだったようにも思われます。


 
 麻丘めぐみ/雪の中の二人(1974)

 めぐみさん19歳でしょうか。すでにアイドルソングから大人の歌へのシフトが始まっていました。1974年、昭和49年は、ご存知のように天地真理さんがアイドルを脱皮し大人の失恋歌「想い出のセレナーデ」を歌った年です。
 その後、奇しくも真理さんが長期休業に入った1977年(昭和52年)、麻丘さんは結婚を機に芸能界を引退しました。アイドルとして華やかにデビューしあわただしい数年が経過し、二十代で年を重ねるごとにアイドルからの脱皮に苦しむ。これも女性アイドル歌手の宿命なのでしょうか。

 麻丘めぐみ・・・・白い微笑 (1975)

 
  麻丘めぐみ/アイドル界のレジェンド&1973年 日本歌謡大賞放送音楽賞

 確かに当時、ティーンエイジャーに絶大な人気がありました!ヒット歌手になれるよう家族全員で支えていたお姉さんが、歌謡大賞放送音楽賞の授賞式で登壇されています。彼女がこんなに涙して歌えないのは、家族の歩みを、苦節を身に染みて知っているからなのでしょう。「可愛い」を通りこし、家族愛を感じてジーンときます!

 さて、話題を戻すと、麻丘めぐみさんは、1973年(昭和48年)、日本レコード大賞大衆賞、歌謡大賞放送音楽賞を初めとする数々の賞を受賞し、NHK紅白歌合戦初出場を果たします。まさに、麻丘めぐみが70年代を代表するトップアイドルの一人となった記念すべき年。
 大ヒット記念パーティーに左利きの超有名人、巨人軍の王貞治さんがかけつけてくださり、めぐみさん、えらく恐縮したとの話もあるようです。(そういえば真理さんにはユニフォーム姿の長嶋茂雄さんと撮った写真がありますね)

 さて、次の曲、アップテンポが心地よく、高校生だった私は良くおぼえています。

 
 麻丘めぐみメドレーから/ 森を駈ける恋人たち (1973) 作詞/山上路夫,作曲/筒美京平。「わたしの彼は左きき」のひとつ前、四枚目のシングル曲。真理さんが若葉のささやきを歌っていた春でした。
 
 
「悲しみのシーズン」 麻丘めぐみ (昭和歌謡ヒットS)

 ビクターエンタテインメント 麻丘めぐみ

 麻丘めぐみさんは、幼い頃から子役やモデルをやり、女優業こそ自信があって、現在劇団を主催とのこと。芸術家の娘さんがいて、離婚後の芸能界再デビューに際し、歌に未練なく女優の道を選んだのだそうです。それでも今も時々公に歌ってくださるのはありがたいですね。こちらも若い時代に一気にフラッシュバックします。
 現在も麻丘めぐみさんの潜在的な人気は高いですね。最近のY.T.動画、書き込みを読むと、平成生まれの若者が新たなファンになっているようです。

 麻丘さんの近況は次のラジオインタビューや公式ウェブサイトから知ることが出来ます。
 
 
  おいたち、16才でのデビューの頃

 くにまるジャパン 麻丘めぐみ 2日目
  歌手、アイドルの5年間について

 くにまるジャパン 麻丘めぐみ 3日目 
  21才での結婚。同じ時期に結婚した浅田美代子さんや南沙織さんとの楽しい日常交流のこと。そして、7年後の離婚と女優への復帰の頃。

 くにまるジャパン 麻丘めぐみ 4日目
  演劇人としての活躍、演出について

 くにまるジャパン 麻丘めぐみ 5日目
  女優、演劇人として、60代になって思うこと

 フム~、ディナーショウ(や”同窓会”)に出ることはあるが、歌は”先代の麻丘めぐみさん”にお任せしているとのこと。今や演劇人一筋の明るい方なのです。そうか、アイドルの頃、人がうらやむ歌の賞を受賞しても、何故か喜びはじけることのない影のある低い声での受け答えは、お姉さんへの気遣いだったのですね。当時の知らないことは多いです。目からうろこが落ちるとはこのことですね。




しゃべれレコード大将 麻丘めぐみ


爆笑問題日曜サンデー麻丘めぐみ

爆笑問題の日曜サンデー2015.1.25


(おわり)
プロフィール

hatogairu kouen

Author:hatogairu kouen
大津波の甚大な被害は住民にも地域にも大きなPTSD(心的外傷後ストレス障害)。「夏を忘れた海」と生きる人々の心の復興を願う三陸海岸K市育ち。杜の都在。

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