MH21 熱狂で迎えられる国民的人気者とは?


 毎年ゴールデンウィーク、世界遺産に登録された岩手県平泉町中尊寺の藤原祭りは、5月3日の源義経公東下り(あずまくだり)行列がメインイベントです。当時、毎年この日一日の行楽客は5万人ほどだったと思いますが、2005年、NHK大河ドラマでタッキーこと滝沢秀明君が源義経を演じたこの年、本人が義経として馬上の人となったため、全国各地から25万人とも28万人ともいわれる多数の見物客が押し寄せました。
 平泉町はかつて伊達藩。現在は岩手県南人口9,000人ほどの町で、普段の5万人も町の人口の5倍ですが、この日は人口の25倍を超える観光客が大挙押し寄せ、大変なにぎわいでした。
 我が家族はかつて盛岡に住んでいた頃、二人の娘が幼児の時から連れ立って何度も藤原祭りに行きましたので、この時も仙台から久々に家内らと馳せ参じました。

     タッキー藤原祭
      藤原祭り2005 タッキーこと滝沢秀明(当時23才)扮する源義経

     タッキーにぎわい
      当時の観客の方のブログから 人垣の様子

 東下り出発地の毛越寺(もうつうじ)庭園、そして大泉が池では、藤原家三代目・秀衡公、奥方・北の方、弁慶らと共に義経が平安の貴族が遊ぶが如く船に分乗して奥ゆかしく一周し、湖岸の舞台では重要無形民俗文化財「延年の舞」が厳かに披露されるのでした。普段は余裕をもって観られるこの儀式も、この日だけは、湖岸や庭園に押し寄せる人人人、立錐の余地もないとはこのことでした。

 源義経は国民的人気者。平泉で兄・源頼朝に討たれた源義経(享年31才)は、実際、頼朝のプレッシャーに負けた藤原四代目泰衡が追いつめ自害させたといわれ、最期の地、東北では真に根強い人気があります。その義経をタッキーが大河ドラマで熱演している。馬上の滝沢君に対して、「タッキーこっち向いて」の若い女性の黄色い歓声や無礼にも「こっち向けタッキー」の図太いオジサン声まで響きます。皆、カメラや携帯でバシャバシャ、生タッキーを撮影します。「義経さま〜」や「九郎殿〜」まで、タッキー扮する義経に最大級の尊敬をこめて叫ぶ声がします。さすがに、「大統領!」とか「日本一」とか薄っぺらな掛け声はかかりません。

       源義経像らしき
        義経といわれる人物画

 たしかに、武士階級は、平安時代末期、支配階級には上がれない中流~下流貴族が地方の荘園を運営し経済的に富む中で発生した。その二大勢力の平家と源氏の覇権争いで、最後に義経らの大活躍で、1185年、壇ノ浦(関門海峡付近)にて勝利をおさめた源氏とその棟梁・源頼朝。
 この時、一躍国民的英雄となった源義経は、以前に天皇側・後白河上皇に囲われ京都の治安維持頭(検非違使)に任命された延長で源氏が朝廷に重要な位置を占めることを第一と考えた。
 一方、頼朝は、天皇の権威を認めつつも、関東武士を基盤とし、武士が天皇から征夷大将軍に任命され国を実質的に治めるという武家政治、いわば現在に続く日本の体制を作ろうとし、天皇や西国の武士に人気で鎌倉の根本的方針に従わない弟・義経、国民的スーパースター義経を鬼となって討ったとも言えましょう。

     simonoseki 042-200
      壇ノ浦を望む武将 「平 知盛」 像 (山口県下関市)

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      安徳帝御入水之処の石碑 ~波の下にも都はあります~
      (右手は関門海峡大橋)

 私は歴史学者ではない一般人。上記の歴史解釈には様々な見方があるようです。それはさておき820年余も経て、この大人気は何故でしょう。押し寄せる人の波、波、歓声と皆の喜ぶ顔、その日の地方テレビ局のニュースは、この様子を俯瞰する高さから、馬上の義経こと滝沢君を映し出していました。この日、彼は翼君やジャニーズの仲間との武道館等のショーとは異なり、老若男女集まったこの地鳴りのような歓声に、国民的英雄とは何かを知る人生初めての体験、驚き、深い高揚感を感じたのではないでしょうか。

 ネット上では、このドラマで静御前を、デビュー間もなく好演した石原さとみさんとの食事デートなど根強く報じられていることは微笑ましく思われます。一方、タッキーは、ホームページなどで、義経役をライフワークとしてたいそう大切にしていることが分かります。
  
  源義経 一の谷出陣前

  源義経 静御前/源頼朝 北条政子

 さて、2013年6月1日の新宿での「私は天地真理」スクリーンコンサートの初演。天地真理さんが緊張の舞台挨拶、初回放映、ファン200名余りとの握手会・撮影会を終え、二回目の挨拶に登壇した時、あのホールに地鳴りのような大歓声が起こりました。真理さんは一瞬驚いた感じでしたが、かつて3万人とも10万人とも呼ばれる西武園ユネスコ村での「若葉のささやき」新曲発売イベントや熱気球に乗った「空いっぱいの幸せ」イベント(ちょっとこれには詳しくないので事実誤認であればごめんなさい)等、ファンの大歓声を経験済みの真理さんは、思わず満面の笑顔をされ、お疲れでしたが『感無量です!』と嬉しそうにハッキリとおっしゃられたのでした。

   ユネスコ村真理さん011
   1973年4月7日 所沢市西武園ユネスコ村「若葉のささやき」新曲発表会

 天地真理さんが、アイドル全盛後、日の目を見ない無名の芸能人並みの苦難や苦渋をなめ続け、あの美しいファルセットも失った状態にもかかわらず、なお音楽を続け、われわれファンに愛情深いお声、コメント、色紙サイン(ひらがなの丸みを帯びた)あるいはバースディカードを下さる根底には、国民的スーパーアイドル時代に受けた地鳴りのようなファンの歓声と歓喜を何度も体験していることが重要な一因としてあるのかもしれません。

 仕事を抱えながら寝る間も惜しんで真理さんの歌声動画を作り続ける人、本業に支障となるのではと心配されるほど熱心にホームページや電子掲示板を運営される方、真理さんの名唱をピアノやギターで演奏・公開される音楽家、夜通し動画サイトに熱中し朝日を見るかのような視聴者たち、皆、熱狂的な天地真理ファンです。天地真理さんのデビュー45周年感謝祭は、東京にまた地鳴りのような歓声を起こすでしょう。2015年夏、真理さんのご健康とお声をふくめた体調に気を付けていただきたい気持ちでいっぱいです。「あなたを待つの・・・感謝祭!!」

 hiroIGA51さん 天地真理45年祭カウントダウン 「なのにあなたは京都へ行くの」


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明るき癒しの歌声、天性のファルセットを紹介し、悩める日本人を応援します。

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