MW15 石巻市大川小学校の津波訴訟について


 小生は、あの大震災・大津波から4年半が経過した今も、仕事で防潮堤関連の設計業務に携わっています。得意分野はちょっと違うのですが、幸か不幸か、少しでも三陸沿岸の人たちの助けになればと、計画の規模に多少疑問を持ちながらも、多くの人たちが係る復興事業なため、日々、足りない頭や経験を嘆きながら、ともかく多数の細かな調整に明け暮れています。

 さて、宮城の新聞、河北新報のHPに次の記事がありました。また、今日の朝刊では読売新聞に詳しい記事が載っていました。

 『東日本大震災の津波で死亡・行方不明となった石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に23億円の損害賠償を求めた訴訟で、仙台地裁は13日(2015.11.13)、現地を視察し、津波の到達状況や大川小から裏山までの想定避難ルートなどを確認した。
 約1時間半の視察には高宮健二裁判長ら裁判官3人と遺族側、市・県側の関係者ら計約40人が参加。実際の避難先となった北上川堤防付近の位置を確かめたほか、遺族側が主張する三つの想定避難ルートを通って実際に裏山に登り、傾斜角度などを把握した。
 遺族側は震災前に校長が撮影した学校周辺の写真約100枚を校内外に掲示したり、津波で消失した道路や建物の位置をテープを張って示したりし、当時の状況を視覚的に再現した。
 視察後、6年生だった長男を亡くした今野浩行さん(53)は「学校のそばに容易に避難できた山があったことを、裁判官に理解してもらえたと思う」と述べた。市側は「北上川堤防付近は校庭より6メートル弱高く、ほかに安全に到達できる高所は周囲にないことを見てもらえた」などとする談話を出した。
 遺族側は同日までに、裏山への避難時間は1~2分だとする動画を撮影し、地裁に証拠提出した。
 訴えによると、大川小の教職員は2011年3月11日の地震発生から約45分間、児童に校庭で待機するよう指示。その後、津波が押し寄せ、訴訟対象の23人を含む児童74人と教職員10人の計84人が死亡・行方不明になった。』

大川小学校
ありひ日の大川小学校

大川小津波被災
大川小と周辺の津波被害

大川小地蔵に会いに
大川小お地蔵さんと父兄ら

 この大川小学校の痛ましい被災、犠牲者は、宮城では大変有名です。お母さんが女手で重機の資格をとり、シャベル付のユンボで、わが子もその友達をも捜索する姿は、涙なくしてはみられません。母の愛ほど強いものはこの世にないということでしょう。
 大川小学校や他の幼稚園・保育園の送迎バスでの小さな魂の痛ましい被害は、人災の側面もあり、大人の判断の是非が争われています。この裁判は、子供たちへの愛情による裁判であって、避けて通れないものだと思います。

 われらが天地真理さんは、自ら歌う「水色の恋」を聴いて、亡き実母を思い出されたとか。
 被災地の、被災者の心のケアはまだまだ続きます・・・・・
 
 ここで、もしよければ、天地真理さんの歌手デビューからちょうど1か月、ザ・タイガース解散後、ソロデビューした沢田研二さんの記念すべき曲「君をのせて」(1971年11月1日発売シングル)を、太田忠氏のピアノの名演でお聴きください。

   君をのせて 【沢田研二】 -太田忠(ピアノ) 


20151114読売大川小訴訟
   大川小学校裁判官現地視察(読売新聞朝刊 宮城県版2015.11.14)

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明るき癒しの歌声、天性のファルセットを紹介し、悩める日本人を応援します。

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