MR52 弁証法による歌手・天地真理の評価(試み)


 弁証法Dialektikは、カントやヘーゲルのドイツ哲学者によって多用された思考法です。カントは神の存在の有無、世界の時間における始まりなどを、二つの考え方・二律背反(Antinomie)を対立させ、どちらも確実とは結論できないとする、否定的な断定を行う論法を示しました。
 一方、ヘーゲルは、二つの考え方から、否定・保存・高揚する三つの意味を含む止揚[アウフヘーベン(Aufheben)]する、すなわち、「定立(テーゼ)」と「反定立(アンチテーゼ)」を対峙させて考察し、「総合(ジンテーゼ)」的に結論づける肯定的な弁証法を用いたとされています。(高坂正顕著「哲学は何のために」理想社、昭和34年.ほか)

 小生は、分からずとも哲学書が好きで、学生時代に手始めにカントの「プロレゴメナ」を読みましたが、社会人になり、元本のカントの代表作「純粋理性批判」を通読しました。かなり難しく、理解できたところはごくわずかな気がします。「西洋哲学の歴史」や哲学入門書については、岩波文庫などで読んでいましたが、ヘーゲル自身の著作は、わずかな読書で詳しくはありません。しかし、カントの言では「哲学書をやみくもに批判することより、哲学することが大切である。」との意味の勧めがあったと思います。

 さて、それでは、天地真理さんを再発見した、この3年あまりで得た知識で、歌手・天地真理について哲学してみましょう〜!

(A)天地真理は歌が下手と評価する人たちの根拠は・・・

1) 歌い方がワンパターンに聴こえる。明る過ぎて、悲しい場合やつらい立場の人たちは聴いていられないと思う。
2) 日本で一番レコードが売れる歌手であるが、歌はそれほど上手くない。(雑誌や新聞などで音楽関係者と思しき人たちに書かれたことがあった。)
3) テレビや地方のキャンペーンやイベントでは、さらっとした不本意な歌唱を行う時があった。(1曲、あるいは2曲程度の披露で、喉や体調が不調な場合も、一人アイドルであるため、ファルセットで無理して歌わざるをえない。)
4) 人気絶頂期は聴衆の声援や指笛の音量が大きすぎて、歌がよく聴こえず、上手いか下手か判別できなかった。よく聴こえないから・・やっぱり下手ではと思った人が少なからずいた。
 ・・・歌手・藤圭子の娘「宇多田ヒカル」は在米し、日本でいくつかの大ヒットを飛ばしているが、日本開催の彼女のコンサートを初めて聴いた人で、声量が少ないと感じた人は、宇多田ヒカルは歌が下手ジャンと評価していた。
5) 三人娘でそろって公開番組に出た時、一番声が出ていなかったようだ(ロッテ歌のアルバムかなぁ)。天地真理さんの歌は基本的にオールファルセット。このため地声で歌う部分がないので、短くつまみ食いするような、ちょい歌は、実力を発揮するにはむずかしいのかも知れない。
6) 時代をプロデュースした渡辺晋氏のNHK特集。渡辺氏は、「アイドルは歌が上手くなくてよい。」としている。アイドルは歌がうまいと玄人受けするが大衆に受けないの意ではなかろうか。天地真理さんの場合、コンサートやレコードに吹き込んだ美しく上品な歌い方に比較して、レコード大賞等の受賞時や紅白歌合戦のステージ、はたまたお笑い番組などでは大きく異なり、むしろ”歌の上手さにこだわらない”元気いっぱいのパフォーマンスを見せている。出番直前、「さあ、真理ちゃん、がんばって行こう~!」なんて言ってナベプロの社員に送り出されていたのかも知れません。

  Sugi4Geruさん 天地真理「虹をわたって」1975.5.10 お笑い頭の体操

7)  ブログやネット上のコメントで、「友達が(TVでの)ポップスはそれほど上手くないと言ったが、私は天地真理はフォークは上手だよと教えた。」とか、「若いときは上手な歌手だったが、30代では下手になった。」など、おそらく天地真理の歌唱コンテンツ全体やライブの歌声を聴くことなく、歌の上手さについて限定的評価を行っている場合があった。
8)  当時の週刊誌や現在のネット上のコメントは、必ずしも優れた音楽家が行っているとは限らない。確かに、美空ひばり、森昌子、ドリカムの吉田美和らは、そろって評価が高いと思われる。しかし、爆発的な人気の歌手について、たとえば「赤い風船」(安井かずみ/筒美京平)を歌った浅田美代子など、アイドルなのに他の歌手のヒット曲がオリコン1位になることを長く阻止していたなど、ひがみ節もあって、ひどく叩かれた。真理さんもそうで、絶大な人気者で他のアイドルや若い女性歌手の活躍が目立たないため、非難は勲章かもしれない。

(B)天地真理は歌が上手と評価する人たちの根拠は・・・・

1) 音楽大学付属中・高を卒業し、楽譜が読め、ピアノ、ギターが演奏でき、音程やリズムが確かである。分刻みでスケジュールをこなすトップアイドル稼業に大忙しで、楽譜初見で ”自ら ピアノを二回ぐらい弾き(ここが大事)” 、すぐレコーディングをしていた。テレビに出ない日はないと言われた国民的スーパーアイドル、超人気アイドルであったため、作曲家が同席しない深夜、1曲、1曲というレコーディングも致し方ない状況であった。
2) 全音程を地声で歌わず、高音部も低音部も、のびやかなファルセットを駆使する。
3) ライブコンサートでの弾き語りは、見事で美しいファルセットで歌っており、レコード化した音源を残している。「天地真理オン・ステージ」1974、「私は天地真理」1976。また、小柳ルミ子とのビックショーなどの番組では、十分なリハーサルを行っているからか、素晴らしい歌唱を披露している。

  PAKURONさん 四月の雨/天地真理&小柳ルミ子

  bellwood58さん 小柳ルミ子・天地真理 ビッグショー

4) 当時、見目麗しく、たいそう可愛らしかったため、TVではその外見に魅了された若者が多かった。しかし、市中に流れるラジオでさえ癒しの歌声を感じることが出来て、高校生の小生は、「若葉のささやき」の真理さんのファルセット、アルファ波が全開で、頭の中の血液がさらさらとなる快感を味わった。リチャード・クレイダーマンのピアノに匹敵する感じ。このようなクラシック音楽的なピアノやオーケストラのバイオリンのような歌声は、天性あるいは音楽教育によるものと思われるが、いずれにしろ、現在でも「音楽はクラシック音楽と天地真理しか聴かない。」とおっしゃるファンの言は驚くべきことでは。
5) 朝早く、天地真理さんのLPを続けて聴いていると、私などは深く感動し、心が豊かになる。「われLP聴きて、静かに深く感動ス。ゆえに歌の上手な天地真理は存在する」。多くの人がなんと言おうと、様々な評価があろうと、デカルトが懐疑論をつきつめて考えた末に結論づけた「我考う(われ思う)、ゆえに我在り」Cogito, ergo sum(方法序説)と同様に、「われ想う、ゆえに美声の素晴らしき歌手・天地真理は世にあり」となる。
 すなわち、「われ想う、ゆえに歌手・天地真理あり」との認識に至る。
6) ソニーミュージックの関係者によってプレミアボックスや復刻版、ゴールデンディスクが企画、発売され、関係者には、歌が高い水準で、生産数を限定してはいるが、今でもある程度売れることが分かっている。2015年の歌手・デビュー記念日(10月1日)では、ソニー関係から天地真理さんに花束が届けられた。
7) タワーレコードなどCD販売店では、Jポップスコーナーに天地真理の最近制作されたソニーミュージックの高音質CDが陳列、販売されている。
8) ソニーミュージックは、天地真理ファンクラブと共同企画で、天地真理の代表的ライブ「私は天地真理」の秘蔵スチール写真によって構成したスクリーン・コンサートという作品を編集し、現在、東京都内原宿のミニシアターで、定期公演を行っており、大阪や福岡でも開催された。次回作に「天地真理オン・ステージ」のスクリーン・コンサート作品が予定されている。

(C)弁証論的結論について試みです(悪しからず)

 天地真理さんの地声は男性の音域に近く(真理さんのデビューから人気絶頂の時期に大きな働きをしたプロデューサー的マネージャー菊地さんが、「男のファルセットのような声で歌うのでおもしろいと思った」と評している。)、低音から高音までいわゆる「裏声」ではあるが、高度なファルセットでカバーし、かつ繊細な感情や高音部の空に突き抜けるような美しい歌を唄うことが出来た。

 一方、十分な腹式呼吸等を伴うファルセットを貫くためには、体力・体調が十分ではないと可能ではない。天地真理さんは、デビュー二年目にして「若葉のささやき」、「恋する夏の日」を大ヒットさせた直後、「空いっぱいの幸せ」のLPアルバムで、絶頂の美しく、のびの秀でたファルセットを駆使し「銀座一人ぼっち」や「愛と涙と約束と」を歌い上げた。しかし、この二曲は、高度のファルセットを伴うためか、二大ライブ等では歌われることがなかった。

 歌手・天地真理の特徴は、「悲しい歌にも希望があることを伝える屈託のない明るい歌い方」、「空いっぱいに広がる伸びやかな美声」、「各句の語尾を丁寧に音をやや伸ばして置く感じ」、「水を得た魚のように、息を一気に出し跳ね上げる歌い方」などである。
 反面、つらい悲しみ、人生のやるせなさ、どん底感、愛憎や固執等どろどろとした人間の愛と憎しみ等を演歌歌手並みに表現することがなかった。これは、真理さんが地声ではなく、ファルセットで歌唱する場合にあてはまるが、地声、低音で歌唱するときは、デビューシングルのB面曲、「風を見た人」やライブで時折うたった「赤提灯」、「母」など、深い悲しみや熟慮する女性の心情を表現することが出来た。したがって、天地真理さんが、演歌調の前奏が彼女の曲では異色の「夕陽のスケッチ」や「矢車草」のシングルが、石川さゆりの「天城越え」の域に達するには、地声での歌唱を要したのではないか。

 天地真理さんは、数多くの明るく、楽しく、やさしく、慈愛深い、美しい歌唱作品を残しているが、これは、2015年7月25日、土曜の午後1時からNHKFMで全国放送された「歌謡スクランブル・天地真理作品集」の圧巻の全18曲を状態の良いラジオ、ステレオ(コンポ)で聴くと明らかである。他の歌手で比較できる歌手が思い浮かばない。

 上記の議論を総合すると、天地真理の歌唱法は、 『低音の地声を封印したため負の心情表現を概してにがてとし、また体力・体調の影響が大きいという欠点を持つが、美しく、のびやかなファルセットを駆使し、明るさ、愛らしさ、歓び、励ましを表現した音楽作品をつくり続けた類を見ない”癒しの歌唱法”』、と評することが可能と思われる。


(以上)

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No title

「弁証法的天地真理論」ときましたね^^

カントにヘーゲル、さらにマルクス等わたしも岩波文庫でもっていたかな?理解できず、もともと難解なのと訳もあんまりうまくないのではないとか、かつてに合理化したり、してましたね。

真理さんの地声での演歌、ちょっと興味ありですね^^

いよいよ来年、天地真理さんの45周年です。頑張りましょうね、よろしくおねがいします^^



Re: No title

しんりさん、コメントありがとう。福岡は五郎丸君フィーバーでしょうか。
沸騰する国民的人気者・・・といえば、われわれには天地真理ですね。

スーパーな存在が、大きく評価が別れれば、何らかの理由がありますから、
ともかく、弁証法的に整理してみたかったのです。もちろんただの技術者、会社員
で、学者ではありませんけど・・・
ともかく、天地真理さんの45周年、皆でもりあがりましょう!!


No title

そうですね、すべての人は自然と人、社会と絡みながら、悩み、想い。生きていく。そういう意味では、すべての人は哲学者です。まさに人は、天地(てんち)と真理(しんり)についての探究者だと思います^^それではよいお年を^^
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Author:hatogairu kouen
明るき癒しの歌声、天性のファルセットを紹介し、悩める日本人を応援します。

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