MR75 沢木耕太郎が「深夜特急」の一人旅をした1970年代


 沢木耕太郎氏は横浜国立大学の文系を卒業後、ノンフィクションの記事を書く仕事をはじめ、26才の時、印税を基に、日本を飛び出し、香港を出発点とし、一部飛行機を使うものの大方はその国の大衆が利用するローカルバスを乗り継ぎ、タイ、マレーシア、シンガポール、カルカッタから始まるインド、西アジア諸国、トルコ国イスタンブール、ヨーロッパ・ギリシャ〜イタリア〜ポルトガル〜ロンドンとお金をかけないで一人旅をする、いわゆるバックパッカーのスリリングな旅行を行いました。
 沢木耕太郎氏は1973年9月、文芸春秋から「若き実力者たち」という、ノンフィクションを出版します。この印税と有志のカンパを軍資金に、1974年3月から1975年4月ごろにかけて、約一年の海外の貧乏旅行に出るのでした。

 天地真理さんの冠番組、真理ちゃんシリーズの最後の番組「はばたけ!真理ちゃん」は1975年3月27日が最終回。収録が終わって、すぐさま、1975年2月3日〜3月4日、単身でヨーロッパ旅行に行かれた天地真理さん。このとき、偶然にも沢木氏もヨーロッパを旅行中だったということが分かります。

 その後、日本で若者の「海外一人旅のバイブル」と言われる沢木氏の代表作、旅行記「深夜特急」を出版。沢木氏は帰りのモスクワからの飛行機で空席待ちをしている際、日本人の美少女と書いていますが、今は亡き藤圭子さんに遭遇していました。(深夜特急ノート「旅する力」 2008.11)
 沢木氏は、今では社会的事件や作家やスポーツ選手のルポルタージュが主流の硬派ですが、駆け出しのころTBS調査情報編集部に出入りしていて、最近の歌謡曲について「いま、歌はあるか」というルポを書いていた過去がありました。このルポはなかなか手に入りません。おそらく真理さんのデビュー前の歌謡界のお話だと思われますが、藤圭子さんをよくご存じだったのではないでしょうか。

  藤圭子/カスバの女 昭和45年10月 渋谷公会堂

  藤圭子/圭子の夢は夜ひらく

 1970年代初頭、円が次第に強くなり、円高、変動相場制に移行しました。日本人の海外旅行はもはや稀ではない豊かな時代に入って来たのでした。

  深夜特急文庫インドネパール
   何度読んだかこの新潮文庫全6巻。
   真理さんファンの皆様、新潮社でごめんなさい。

 (執筆中)

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