MS01 パリからの手紙 第1節 あいさつ (フィクション)


 パリからの手紙~国民的アイドルだった歌手・M子の想い出(全編フィクション)

~ロマン・ロランはベートーベンをモデルにジャン・クリストフを書いたので、私もちょっと真似てみたいと思います。天地真理さんの著書「スリムになるってステキなことネ」や新ゴールデンベストCD付きの自叙伝などを原典に仮想・元国民的アイドルの回想を、全12節ほどの短編としたいと思います。パロディで終わる可能性もありますが、いかがでしょうか・・・~

1. あいさつ

 2016年の夏、私は歌手デビュー45周年の記念リサイタルで、東京のH公会堂のステージに上がりました。そうねぇ、あの頃は日本が高度成長期まっただ中で活気のあった時代、1971年の7月1日、私は、白いギターを弾き語りして「白雪姫の恋」という曲で歌手デビューしたのでした。この曲のイメージで私は「白雪姫」のニックネームで呼ばれた。今でも恥ずかしいけど、正直、とてもうれしかったわ。あの頃は、未来に向けて夢がいっぱいに膨らんでいたのよ・・・

 あれから45年、私も、私の周りの隣人も、大きく変わりました。デビュー時所属していた大手プロダクションのW社長も、当時共演した人気コメディアングループのお仲間も多くの方々が既に亡くなっていますから。クレージードッグの皆さん、南野伸介さん、いかりや助三郎さん・・・

 私、しばらく歌手は休業し、今はパリ市内、パリ大学の芸術学科教授(浮世絵が専門)の妻として、創作アーチストを名のっています。が、デビュー45周年、ここ数か月、パリで知人を頼ってボイストレーニングを行い、一時帰国して、東京でデビュー曲や往年のヒット曲を数曲、皆さんの前で歌いました。とても楽しかったわ。

 都内に住む一人娘の一家(娘Aちゃんご夫婦と可愛い二人の孫ちゃん)も駆け付けてくれました。もちろん当時のプロダクションや音楽出版社、レコードレーベルのなつかしい関係者から大きな花束もありました。また、大好きな友達の歌手・田上ヒロ子ちゃんからのビデオメッセージが会場内の大きなスクリーンに映されたわ。うれしかった。
 また、現在、日本で私が所属する事務所のマネージャーSさんとAちゃんが代表となっているファンクラブの方々が、準備の大半をされていたので、一緒に帰国した夫とともに、いつもながら、とても感謝いたしました。

 かつての親衛隊のみんなも駆け付けてくれました。昔はちょっと「私の美声、よく聴こえないじゃない!」とか「また歌詞を間違えたなんて言ってきて、超忙しいんだから当たり前でしょ!少しは私を可愛そうだって心配してよ!」なんて思っていましたが、どうしてどうして、変わらない熱い大声援ってありがたいものですね。

 1972年、H公会堂はデビュー後、二回目のリサイタルでした。一回目は青山のホールでミニコンサートに二千人、二回目のこの時は若者を中心に親子さんも含めて五千人が集まりました。あのときもうれしくて、白いステージドレスで、デビュー曲や「恋は水色」など当時流行のフレンチ・ポップスを歌ったわ。

 東京オリンピックの年、1964年(昭和39年)、フランスのシルヴィ・バルタンに始まった「アイドルを探せ」(有名な映画)のムーブメントは、5年を過ぎて、ついに日本にも訪れていたのです。




シルヴィ・ヴァルタン「アイドルを探せ」1965年ライヴ/
LA PLUS BELLE POUR ALLER DANSER la légende
de SYLVIE VARTAN LIVE 1965

Sylvie Vartan  La plus belle pour aller danser (1964)

 この動画は、シルヴィ・ヴァルタンが主演した1964年映画「アイドルを探せ」の翌年のライブのようですが、日本人向けに日本語訳がついています。歌詞は、最初、日本語訳を見ててよくわからなかった。「今夜、踊りにいくため一番きれいに」を繰り返すでしょ。でも、何度も聴いてて分かったわ。

 いつも行くお店のダンスパーティーで、彼に狙いを定めて、取り巻く女性たちを退け、自分でひと針ひと針縫ったお気に入りのドレスを身にまとい、自分だけに愛の言葉をささやいてもらい、自慢のドレスも美しいブロンドもくしゃくしゃになるまで激しく抱擁してもらいたい・・・。
 すなわち、受け身の女性ではなく、恋にも積極的に自分の思いをとげようとする、そんな新しい時代の能動的な女性でありたいとする、そう、決意を表す、カッコいい若き女性の歌だったのね。

 1964年だから、第二次世界大戦終結から19年。フランス国民が、ヨーロッパが熱狂したアイドル文化。観衆の地鳴りのような拍手、若い女の子の悲鳴、男声の指笛、凄い声援ね。
 私のアイドル時代もそうだったわ。私は国民的な人気と共に、レコード、TV、映画、雑誌、ブロマイド、グッズ、文具、子供用自転車、飛ぶように売れて大きなビジネスに急成長していった。この大きな経済効果が「国民的スーパーアイドル」といわれる理由の一つでした。ただ、アイドル後、その反動は、大きかった。これについては、後ほど語ってみることにしましょう。


 (来月につづく)

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明るき癒しの歌声、天性のファルセットを紹介し、悩める日本人を応援します。

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