MR10 天地真理とピンク・レディー


 天地真理さんは、1970年代前半(昭和40年代後半)、絶頂の人気を誇る国民的スーパーアイドルでしたが、1970年代後半(昭和50年代前半)の国民的スーパーアイドルはやはりピンク・レディーのお二人でしょう。
 この二組には、ライバルという側面よりも、高度成長期の日本の過激なアイドル市場で、個人の自由と睡眠時間を犠牲にして奮闘した美しき女性という共通点があります。何故、歌の上手なフォーク歌手がアイドルソングを歌い続け、分刻みに雑誌の取材やテレビ番組に出演しなければならなかったのか。何故、ハーモニーも得意なデュオが、宇宙人や野球選手の振り付けで歌い続けたのか。たとえレコード大賞などの輝かしい受賞をしても、やはり、「日本国」そのものが、極めて、元気なモーレツ日本会社だったからか。決して、次の世代の多くの若き女性や金融・不動産会社がバブルで踊り狂うために、彼らはハードな数年を駆け抜けたわけではないのでしょうが・・・・

 次にご紹介するのは、70~80年代のアイドル・歌謡曲・テレビ・映画・漫画など懐かしいものが大好きとの、土曜野午後太(どようの ごごた)さんのブログからです。楽しい文章で、良くまとまっていますね。公開ありがとうございます。

ブログアドレス
http://komawaridaichan.blog.fc2.com/blog-entry-77.html
土曜野午後太さん原作「天地真理とピンク・レディー」

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2013.07.10 Wed
『天地真理とピンク・レディー』

 天地真理さんとピンク・レディーといえば、それぞれ70年代前半・後半の国民的スーパーアイドルですね。結構共通点も多いです。
  ・「ブーム」と呼ばれるほどの凄い人気
  ・2曲目でオリコン1位になり、当時の連続1位の新記録を樹立
  ・キャラクターグッズがたくさん発売される
  ・3年目で人気は急降下、マスコミから派手に叩かれる
などなど。
 今回は、この2組の国民的アイドルの関係について書いてみようと思います。

       ペッパー警部
          【デビュー曲「ペッパー警部」のシングルジャケット】
   
(チャチャ1)若々しいミニスカートとコミカルな足の動き、パワフルな歌声。まぶしい衝撃でした。お二人の勢いは滝を登る元気な鯉のようで、にわかに登り龍となり次々とメガヒットを連発しました。日本の警察もインターポールの銭〇警部も、邪魔は出来ませぬ。ホント、ホント。恋する夏の日の天地真理さんも真っ青でした。(編者)

  3120volvo03さん ピンクレディーde渚のシンドバット

 天地真理さんのデビューが1971(S46)年10月1日、ピンク・レディーのデビューが1976(S51)年8月25日で、ピンク・レディーが5年ほど後輩になります。
天地真理さんがリタイア(チャチャ2)する直前に、ほぼ入れ替わるようにピンク・レディーが登場したわけですね。

(チャチャ2)天地真理さんは、「私は天地真理」コンサートが1976年4月17日に行われ、最後のオリジナルアルバム「童話作家」が1976年12月21日のリリースでした。ちなみに、デビューから連続的に発表されたシングル曲として、1976年12月5日発売の「夢ほのぼの」を世に出し、1977年1月23日から、体の変調を訴え、長期の休業をしました。したがって、正確にはリタイアではなく、「人気絶頂期アイドル」の入れ替え、スター選手交替(こうたい)の意を表現されたほうが良いかも。(編者)

その後、1979(S54)年の暮れに、今度はピンク・レディーがアメリカへ旅立ってしばらく日本を留守にすることになる直前に、天地真理さんが「愛・つづれ織り」で復帰。
 この2組には、同時に存在できないという運命があったのでしょうか(笑)。
 活動期間が被ってる時期もあるので、一度くらいはTVで共演なんてこともあったのでしょうかね?私は見たことも聞いたこともないのですが。
 以前にも書きましたが、私は天地真理さんの全盛期の記憶は本当におぼろげにしかありません。
 私の天地真理さんに関しての知識というのは、大人になってから本を読んだりTVでの懐かし話を見たりして得たものがほとんどです。
 なので、リアルタイムのこまごまとした様子は全くわからないのですが、ネットやら当時の事を書いた文献やらを読むと、当時の天地真理さんは、週刊誌などにあることないこと書きたてられてマスコミからかなりのバッシングに遭っていたとか。

 ピンク・レディーも、1979(S54)年以降人気が急降下してからは、例えば学校でも「ピンク・レディーのファンだ」と言うとバカにされてしまうような雰囲気があり、世間やマスコミの手のひら返し・梯子外しというものを目の当たりにして、1981(S56)年の解散までピンク・レディーファンの私としてはとてもつらい思いをしました。

 リアルタイムで天地真理さんのファンだった皆さんも、同じような思いをされたのかなと、勝手に想像しているのですが、そんなことも、私が天地真理さんに共感する理由のひとつだと思います。

 天地真理さんとピンク・レディーの共演があったかどうかは定かではないのですが、ピンク・レディーのデビュー前にこの2組にはちょっとした接点がありまして。

 ピンク・レディーは、高校3年生の時に「スター誕生」を受けて合格しデビューとなるわけですが、その3年前にミーちゃんの方は一人で「スター誕生」を受けているんですね。中学3年生の時だということなので、1972(S47)~1973(S48)年の頃ということになります。詳しい日付などはわかりません。
 この時はTV予選までは行けたのですが合格は叶わず、残念ながら決戦大会に進むことはできませんでした。
 この時に歌ったのが、天地真理さんの「虹をわたって」だったそうです。
 以前ミーちゃんがインタビューで答えていましたし、「ピンク・レディーのすべて」というビデオの中でも、一人でスタ誕を受けた時の履歴書(?)というか応募用紙が紹介されているのですが、よく見るとそこに「虹をわたって」と書かれています。

 それから、ピンク・レディーの二人は「スター誕生」を受ける前に、やはり二人で他局の「君こそスターだ!」の方を受けて落ちているということは結構有名な話だと思うのですが、この時の「君こそスターだ!」に天地真理さんがゲスト出演していたそうです。ケイちゃんが9年前に出した本の中に書かれていました。
 70年代前半のスーパーアイドルと後半のスーパーアイドルがすれ違った瞬間ですね。

 まあ、だからなんだと言われるかもしれませんが(笑)、ちょっとしたトリビアということで。
「そんなこと知ってるよ」という方も多いと思いますが、一般的にはあまり知られていないことだと思うので、ここに記しておきたいと思います。
(以上、原作に一部勝手ながら注釈しました。すみません。)

テーマ : 音楽のある生活
ジャンル : 音楽

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明るき癒しの歌声、天性のファルセットを紹介し、悩める日本人を応援します。

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