BL 16. 1970年代の歌謡界それはアイドル黄金期


 1970年代は、欽ちゃんこと萩本欽一の人気番組「スター誕生」からうまれた森昌子、桜田淳子、山口百恵のいわゆる「中三トリオ」、キャンディーズ、ピンクレディーという現在でも日本中の国民に知られる、超人気のアイドルが誕生し、活躍した時代でした。

恋する夏の日1973.11_01

元祖アイドル「まりちゃん」”恋する夏の日” 1973年

天地真理 / 恋する夏の日 第4回日本歌謡大賞ステージ


【中三トリオ】
 天地真理が初代「国民的スーパーアイドル」として、1970年代前半を走りぬけた後を、14歳の若き中学生三人組は、各々の個性を前面にだして、歌やTV番組、映画女優として活躍した。
 森昌子は、天地真理の生誕(1951年11月)から7年後、1958年10月生まれ。1972年7月、ホリプロから「先生」でデビュー。その歌唱力を美空ひばりに見いだされ、自宅で歌の指導を受けたり、泊めてもらったり、大変にかわいがられたことは有名。当時の歌手のモノマネも見事で、若くして傑出した歌唱力でした。悲しみ本線日本海など名唱があり、1986年、森進一との結婚を期に引退。離婚後、長いブランクであったが、2005年歌手として復帰した。

  hirosi1013さん ものまね10連発 森昌子

  帰って来た森昌子/立待岬 (昭和57年)

 桜田淳子は1958年4月14日生まれ。1973年2月、サンミュージックから「天使も夢見る」でデビュー。愛くるしい歌を歌う、最もかわいらしく美しいアイドル(秋田美人)だった。その後女優としても好演をしたが、1992年、一般人(新興宗教会員)との結婚を期に引退をした。

  桜田淳子を語る 貴重な映像有り みのもんたvs天地真理

 山口百恵は1959年1月17日生まれで、三人のうち最も若かったが、天地真理と同様に母子家庭で育ったからか、最も大人びていた。1973年5月、「としごろ」でホリプロからデビュー。当初は、若者の性を連想させる歌詞の曲もあり、社会的にも話題となった。プレーバックpart2など、肝っ玉の据わった恋愛心を歌い、迫力があった。また、さだまさし作曲のコスモスなど、しっとりとした情感も表現した。映画では、青春と恋愛をテーマに、潮騒や赤いシリーズに、青春二枚目スター三浦友和と連続出演した。1980年、三浦友和と結婚、引退したことは有名である。

  山口百恵 青い果実

  山口百恵 特集

  秋桜 山口百恵 コスモス

 中三トリオは、高一トリオ、高二トリオ・・・と成長していくわけだが、そのことはさほど話題ではなく、各自の独自の歌の世界やかわいらしいアイドル性が国民大衆に広く受け入れられた。

【キャンディーズ】
 キャンディーズは、ランちゃん(伊藤 蘭)、ミキちゃん(藤本美樹)、スーちゃん(田中好子)からなる三人組で、特に1970年代中期から後半にかけて、学生や若者世代に大変な人気を博した。
 三人は東京音楽学院のスクールメイツであったが、NHKのディレクターによって食べたいくらいかわいいという意味でキャンディーズと名付けられた。1973年9月、「あなたに夢中」でデビュー。「春一番」、「ハートのエースが出てこない」、「微笑み返し」など今でも根強い人気の曲を次々と歌い、学生など若者に絶大な人気を誇った。人気絶頂期に「普通の女の子に戻りたい。」として、1978年4月4日、惜しまれながら後楽園で解散コンサートを行った。
 この後、スーちゃんこと田中好子は、女優として数々の名演を行い、新たな人気を確立したが、2011年4月21日、夫(夏目雅子の兄)および前月に発生した東日本大震災の被災者を思う切ない肉声(録音)を残し、乳がんで死去したことは記憶に新しい。

  ハートのエースが出てこない キャンディーズ 

  暑中お見舞い申し上げます キャンディーズ 1977

【ピンクレディー】
 1976年8月25日のピンクレディー[ミー(現在:未唯mie),ケイ(現在:増田恵子)のディオ]のデビューは衝撃的であった。「ペッパー警部」を歌う。二人は静岡出身のなかよしで、中三トリオと同じく「スター誕生」から生まれた。
 当初セクシーなミニスカートで踊り、大人の雰囲気が強かったが、音楽性も高く、しだいに阿久 悠の作詞によるサウスポー(巨人軍王貞治氏のフラミンゴ打法を表現)、「透明人間」、「UFO」など話題曲を歌い、子供から大人まで、爆発的人気を博した。
 ピンクレディーは、1970年代前半の国民的アイドルだった天地真理、1970年代なかばから後半にかけて人気を博した山口百恵らの中三トリオを超え、高度成長期後半の豊かな時代を象徴するスーパーアイドルに成長したといえる。

  渚のシンドバッド 1977 Pink Lady Nagisa No Sindbad

  キャンディーズVSピンク・レディー 

 人気絶頂期は1977年から1978年の二年間だったともいえるが、過密な歌手・芸能活動で、自分たちの人気も実感できなかった。人気の陰りもあったが、ホテルに軟禁状態で行う芸能活動に疲労困憊し、1980年9月1日解散した。全盛期の活動期間わずか四年と短命であった。近年、再度コンビを復活させ、大人として自律した音楽活動をしていることは、当時のファンにとっても当時を知るわれわれ一般大衆にとっても、大変喜ばしく幸いなことと思われます。

  ペッパー警部/ピンクレディー

 ちなみに、ピンクレディーの熱きファンとみられる方の真理さん研究も優れものです。大変参考になります。

 ピンクレディーファンの天地真理まとめ01

  天地真理さんの研究

   天地真理21才八時だよ001

   虹をわたって/天地真理 (1972)

 ☆写真は「8時だよ全員集合」で歌う天地真理さん。「虹をわたって」はデビュー翌年、二十才のヒット曲。このパフォーマンスはさらに翌年、まだ21才ですが、クラシックなファルセットと化粧、そして歌う時の身のこなしで「色気」がありますね。「真理ちゃん!」と叫ぶ若いファンとセクシーさを感じる青年の指笛、この同居が真理さんの魅力の一つだったのでしょうか。

【南沙織、小柳ルミ子、太田裕美、山本リンダ】
 南沙織、小柳ルミ子は、天地真理と三人娘として名付けられ活動したことがある。ただし、当時も、現在も、三人は独自の特徴、ヒット曲をもち、個性的であり、ひとつにくくるには無理があるように思われる。沖縄の青い海と白い砂浜を想起させる「17才」を歌う南沙織、日本情緒を歌う小柳ルミ子、笑顔と優しさの天地真理。
 特に、小柳ルミ子は天地真理との共演も少なくないが、天地真理のひとりじゃないの(シングル売上60万枚)が大ヒットした1972年、瀬戸の花嫁を大ヒットさせた(シングル売上69.4万枚)。「二人はヒットチャートを競うライバル」とする見方もありました。

 Sugi4Geruさん 新三人娘 ロッテ歌のアルバム900回記念

 太田裕美は、1955年1月生まれ。キャンディーズと同じくスクールメイツ出身。1974年11月1日、「雨だれ」でデビューした。1975年、昭和50年、「木綿のハンカチーフ」、「赤いハイヒール」が大ヒットした。

   太田裕美_南風003

   太田裕美  「南風」を歌う(夜のヒットスタジオ)
  
 天地真理は、2012年、新しいファンクラブのHPで、インタビューに答えて、太田裕美および山本リンダ(※)を個人的に親しい友人であるとし、楽しく逸話を語っている。

(※)1951年3月生まれ。1966年「こまっちゃった」で歌手デビュー、後年、1972年から1973年にかけて、高校野球のブラスバンド応援歌で有名な「狙い撃ち」や「どうにもとまらない」など大ヒットを連発した。後に、人気TV漫画の主人公、ちびまる子ちゃんが、鼻歌で嬉しそうに、狙い撃ちのさびを「ウララ♪ウララ♪」と歌い、若者たちにも広く認知され、再度、大人気となる。

 このように、天地真理が連続11曲のシングルをオリコントップ10にいれた1971年「水色の恋」から1974年「想い出のセレナーデ」とそれ以後の1970年代後半は、上に述べた今も語り継がれるアイドルやその他の多くの「きら星」のようなアイドル群(浅田美代子、アグネスチャン、麻丘めぐみ、伊藤咲子・・・)が、天地真理に追いつけ、追い越せと大活躍した大変活気のある特筆すべき時代だったことが分かります。

  1973年レコード大賞新人賞/浅田美代子,桜田淳子,アグネス・チャン他

  1970年代前半 日本初のアイドルは? 花の中三トリオVS新御三家

 トリは、元気で歌唱力抜群だったひまわり娘こと伊藤咲子さんです。デビュー当時の音楽祭受賞時の歌唱、そして最近の太田忠さんの名演でお楽しみください。

  伊藤咲子/ひまわり娘 (1974年16歳デビュー当時)

  ひまわり娘【伊藤咲子】1974.4.20-太田忠(ピアノ)


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