MH10 フォークソングと天地真理 (その1)

 
 グループ・サウンズが、コンサートでのファンの失神続発、長髪の流行など社会問題化し、急速にすたれていくと、今度はメッセージ性の強いフォークソングの全盛期が到来しました。

 このころ、小生は小学生中学年~高校生でして、思春期まっただ中、次々と新しいフォークソングが流行り、よく口ずさんだものでした。以下は天地真理さんの主なイベント(☆)にフォークソングの名曲の年譜を組み合わせたものです。

 ☆斎藤真理さん 国立音大付属中学入学(1964.4)
   ・マイク真木 「バラが咲いた」 (1966.4)
   ・森山良子 「この広い野原いっぱい」 (1967.1)
 ☆国立音大付属高校入学 (1967.4) ピアノ科,のちに声楽科
   ・フォーク・クルセダーズ 「帰ってきたヨッパライ」 (1967.12)
   ・高石ともや 「受験生ブルース」 (1968.3)
   ・フォーク・クルセダーズ 「イムジン河」 (1968.3)
   ・はしだのりひことシューベルツ 「風」 (1969.1)
 ☆音高卒業 (1970.3), ヤマハ音振会ボーカルコースにてレッスン
   ・ソルティー・シュガー 「走れコウタロー」 (1970.7)
 ☆ヤマハ「’70年作曲コンクール(第2回ポプコン)」出場 (1970.11.5)
   ・はしだのりひことクライマックス 「花嫁」 (1971.1)
   ・赤い鳥 シングルA面 「竹田の子守唄」/ B面「翼をください」 (1971.2)
   ・ジローズ(作詩;北山修、作曲;杉田二郎、編曲;馬飼野俊一)
      「戦争を知らない子供たち」 (1971.2)
   ・作詩;北山修、作曲;加藤和彦 「あの素晴らしい愛をもう一度」 (1971.4)
 ☆メジャーデビュー「水色の恋」CBSソニー (1971.10.1)
   ・吉田拓郎 「結婚しようよ」 (1972.1)
   ・泉谷しげる 「春夏秋冬」 (1972.9)
 ☆ヨーロッパにてジョーン・バエズに面会 (1973.3-4)
   ・チューリップ 「心の旅」 (1973.4)
   ・南こうせつとかぐや姫 「神田川」 (1973.9)
   ・かぐや姫(作詞・作曲:伊勢正三)「なごり雪」 (1974.3)
   ・吉田拓郎 「旅の宿」 (1974.7)
 ☆天地真理オン・ステージ (1974.9)
   ・風(作詞・作曲:伊勢正三)「22才の別れ」 (1975.2)
 ☆日劇ミュージカル主演「君よ知るや南の国」 (1975.5~6)
   ・イルカ 「なごり雪」イルカバージョン (1975.11)
   ・中島みゆき 「時代」 (1975.12)
 ☆伝説のコンサート「私は天地真理」 (1976.4)


  

   マイク真木/バラが咲いた

  戦争を知らない子供たちジローズステージ

   戦争を知らない子供たち ジローズ ライヴ

   「風」 はしだのりひことシューベルツ

  


 当時、アメリカとソ連の冷戦時代。二分された国家や不安定な国際危機、ベトナム戦争などがありました。日本国内では学生運動のたかまりがありました。フォークソングは、欧米と同じく政治的な意味合いで歌われたものが、確かに有りました。

   「イムジン河」 フォーク・クルセダーズ

   「悲しくてやりきれない」 フォーク・クルセダーズ

  赤い鳥ライブ011

   赤い鳥/ライブ(1973)竹田の子守唄,美しい星,翼をください 10:09
   
 国立音大付属の高校生だった天地真理さんも次第に、クラシックのみの歌唱に疑問をもち始め、世界的フォーク歌手「ジョーン・バエズ」の悲しき民衆の心を歌う「ドナドナ」に出会うのでした。

   bellwood58さん 天地真理/ドナドナ (江利チエミさんとデュエット)

 天地真理さんのデビューは、1971年(昭和46年)10月1日ですから、吉田拓郎の「結婚しようよ」のリリース前、今でも良く知られるフォークの名曲が次々と生まれ、ヒットした時期でした。真理さんのファーストアルバムはデビュー曲「水色の恋」のほかは、旬なヒット曲のカバーで、「あの素晴らしい愛をもう一度」などの新しいフォークも含まれていました。真理さんらスタッフは時間をかけて、このファーストアルバムを作り、乗りにのっていた吉田拓郎のアルバムを抑えて、年間売上一位を記録したのでした。
 後に、吉田拓郎氏がドラマに出演し天地真理さんと共演したことを嬉しそうに述懐されたとのこと。今でも有名なシンガーソングライターの氏にとっては、真理さんはブレーク中の超カワイイ・アイドルという点だけではなく、フォークを愛する仲間という親しみもあったのではないでしょうか。


    


 THE ALFEEの坂崎幸之助氏が「60年代から70年代こそフォークの時代」として、名曲を歌い継ぐいわばフォークの伝道師をされています。日本のフォークソングの定義は一様ではないようですが、さだまさし、ユーミンあるいは福山雅治らのニューミュージックを別ジャンルとし、ギターやベースによる弾き語りやセッションによるメッセージソングと定義すると、1966年の「バラが咲いた」の頃から始まり、1975年ポプコン優勝の中島みゆきの「時代」で終わったような感じがします。1975年(昭和50年)は、4月30日、1960年から続いたベトナム戦争がサイゴン陥落により終結し、国内の学生運動も終息に向かい、高度経済成長も鈍化した頃でした。

 フォークを指向した天地真理さんは、20代前半の全盛期、図らずもアイドルソングで国民的な人気を博しました。同時に、この時期は日本のフォークソングの全盛期でもあったわけで、彼女がアルバムでもライブでも多くの新しいフォークソングをカバーしたことは、彼女の青春期が日本のフォークミュージシャンと共に走り抜けた充実した時代だったことを物語っています。真理さんのカバー、特にフォークソングのカバーは、かつてから定評がありました。このことは、現在に残る各種の音源から容易にうなずけると思うわけです。


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明るき癒しの歌声、天性のファルセットを紹介し、悩める日本人を応援します。

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