BL 03 クラシック音楽の教育を受ける


 天地真理は、小学5年のころ母親に買ってもらった88鍵のアップライト・ピアノ(Kreutzer 社製)に親しみ、演奏の腕を上げる。母と子は、真理の音楽の才能を伸ばすべく国立音楽大学附属中・高等学校で、音楽専門の教育を受ける道を選択した。英才教育であり、結果的に人生の選択であった。

・1964年、国立音楽大学附属中学校に入学し、音楽の基礎を学ぶ。中学在学中に練馬区桜台、さらに神奈川県座間市相模台に転居する。
・1967年、国立音楽大学附属高等学校に進学。当初はピアノ科に入るも、そののち声楽科へ転科する。

国立音中高正門

  国立音楽大学付属中学・高等学校

  hiroIGA51さん/あの教室では・・・天地真理プレイズ・ショパン "幻想即興曲" 

・高校在学中からジョーン・バエズ等のフォークソングを愛好する。(1973年3/27~4/4のヨーロッパ旅行の際にバエズ本人に会い、祝福のキスを受けたといわれる)

  Joan Baez/Donna Donna

・国立音高在学中の1969年よりヤマハ音楽振興会附属教室ヴォーカルコースで学び、プロ歌手となるためのレッスンに励んだ。
・1970年3月、国立音楽大学附属高等学校声楽科卒業。

 このように真理さんは、国立音楽大学附属中学・高校とクラシックのピアノ、歌曲を学び、後にフォークソング、ポップスに転向した。この音楽大学付属の教育環境の下、音楽の基礎を学び、好きな科目は音楽理論ともいわれ、正確な音感とクラシック歌曲の歌唱法を学ぶ。
 この時期に獲得した歌唱法が、高音部が突き抜けてきれいな「ファルセット」であろうとする推測ができる。
 また、毎日、二時間をかけての電車通学であったという。この若き日の六年間は、天地真理の性格、めったに人に弱音を吐かず明るくがんばる性格をつくったとも言えよう。

  ピアノ001


 後にスーパーアイドルと呼ばれる天地真理の音感、リズム感、声量が優れているのは、これらの音楽教育の賜物であろう。ピアノもギターも当然のように弾いて、クラシック教育で身に着けたファルセット(高度な裏声発生)を駆使して歌を歌う。天地真理は、高等学校卒業時、フォークソング歌手を夢見ていた。
 しかし、幸か不幸か、高度成長期の日本は、国民大衆が熱狂する魅力的なアイドルを待望し、彗星のように現れ、歌い、踊るかわいい女性、天地真理に、その役割を求めるのである。

【追記】ピアノのレッスンと音大付属の受験の頃

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BL 04 ソニーの白雪姫・天地真理 誕生


あなたの心のとなりにいるソニーの白雪姫
時間ですよ
となりのマリちゃん
二階の窓、ギターを弾く若き女性


 天地真理は1970年代前半に天真爛漫な笑顔で国民的アイドルとなる。後に続くアイドル歌手の基本スタイルを確立した。デビュー前後のいきさつは次のようなものだった。

 1970年7月、TBS系視聴者参加番組『ヤング720』に出演。同年12月、渡辺プロダクションへの所属が内定。1971年4月、CBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)との正式契約を結ぶ。デビュー当時の公称では、身長158cm、体重46kg、B83cm、W56cm、H88cmである。
 趣味は靴の収集。好きな食べ物はメロン。好きな色は青・白。チャームポイントは並びのよい白い歯・やや上向きの鼻。憧れの土地はパリ。好きなものは、ピアノ、ショパン、海、船、赤い風船、子犬のしっぽ、いわし雲・・・(セカンドアルバム特典シングル等より)。
 キャッチフレーズは「(あなたの心の隣にいるソニーの)白雪姫」。なお、デビュー当初には「可愛いアヒルちゃん」という愛称も用いられた。
 デビュー当時の所属事務所は渡辺プロダクションであった。その後、渡辺プロダクション傘下の渡辺ワークショップ、エヌ・エンター・プライズ、スムーズクリエイツ、サムシングリアル、有限会社ケイワイと所属替えし、現在は天地真理ファンクラブがマネージメントしている。
 梶原一騎の著書『わが懺悔録』(こだま出版、1986年)によれば、自身原作の劇画『朝日の恋人』(のちに、『太陽の恋人』と改題)の主人公の名前「天地真理」を、当時デビュー予定の彼女の芸名に使いたいという申し出が渡辺プロダクション側からあったという。

   太陽の恋人

   都留里隆盛氏 「朝日の恋人」特集 登場人物

 天地真理を一躍有名にしたのはTBS系人気番組『時間ですよ』への出演だった。
 1971年6月6日、「時間ですよ」(第2期・第3期)での銭湯「松の湯」従業員役(川口晶の次のレギュラー)のオーディションを受け、西真澄と一緒に最終審査まで残ったが、合格したのは西真澄であった。
 しかし、選考時に天地を見た主演の「おかみさん(松野まつ)」こと森光子が彼女の不合格を惜しみ、それまでの台本にない急ごしらえの新登場人物として出演させることを同番組演出の久世光彦[後に小谷夏のペンネームで「ひとりじゃないの」などヒット曲を作詩した]らに提案したため、「松の湯の健ちゃん(宮崎健)」こと堺正章がひたすら憧れる「隣のマリちゃん」役(厳密な役名は「マリ」)としてテレビ画面に登場、一躍脚光を浴びた。
 1971年7月21日の初出演時には、「松の湯」隣家2階の窓辺で白いギターを爪弾きながら「恋は水色」を歌った。

   「時間ですよ」となりのマリちゃん

 時満ちて1971年10月1日にアイドル歌手として「水色の恋」でデビューし大ヒットした(オリコン最高位3位)。
 その後、時間ですよで、健ちゃんや美代ちゃん(浅田美代子)と「涙から明日へ」(堺正章ヒット曲)や「赤い風船」(浅田美代子,レコード大賞新人賞曲)を歌うことになる。

   ライブハウス_convert

   tokinokaoriさん,公開ラジオ番組_FM東京

 この貴重な録音はRecording Industry Association of Japan ((社)日本レコード協会と思いますが)から著作権侵害の申し立てで削除(2014年5月)されたとのことですが、大変惜しまれます。動画を伴わないラジオの音声のみの録音なのに、削除とは大変荒っぽい処置と思いますが、関係者様の御回心を強く願うのは私だけでしょうか。
 この録音では、デビュー間もない真理さんがFM番組の公開録音に出演し、自己紹介で「今、時間ですよ!のテレビ番組に出ていて、今度CBSソニーからデビューした天地真理です。会社からソニーの白雪姫というカワイイ名前を付けられました!」との意を嬉しそうに話されました。つづいて初々しく生歌、生バンドで「水色の恋」を披露しました。
 天地真理さんは品のあるカワイイお嬢様として鮮烈にデビューし、青年の心をわしづかみしたのですが、今も新たに白髪をもつ青年の心をつかんでは離しません!

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BL 05 国民的スーパーアイドルとして活躍する真理ちゃん

 シングル,アルバム ヒット曲 怒涛の連発

人気テレビ番組登場
 子供向け冠番組・・・真理ちゃんとデイト!  
  雑誌・・・おしゃれ、流行の先端を行く
 沸騰する人気



iowan2005lzinさん「ちいさな恋(TV)」

 1971年10月のデビュー後、1974年にかけて「ちいさな恋」「ひとりじゃないの」「虹をわたって」「ふたりの日曜日」「若葉のささやき」「恋する夏の日」「空いっぱいの幸せ」「恋人たちの港」「恋と海とTシャツと」「想い出のセレナーデ」からなる一連の大ヒット曲を発表する。
 同じ年にデビューした南沙織、小柳ルミ子とともに『新・三人娘』と呼ばれた。

  ヒット曲は主な作曲を『森田公一とトップギャラン』で知られる森田公一が手掛けていたことは有名。作詩は山上路夫、安井かずみ、小谷夏(TBSドラマ時間ですよの演出者:久世光彦のペンネーム)ら。オリコンシングルチャートでは5曲が1位を取っており、この記録は、後に松田聖子に破られるまで女性ソロシンガーでの最多記録であった。

 こうして、70年代前半における天地真理ブームは老若男女を問わず厚い層に波及し、天地真理は正に「国民的スーパーアイドル」と呼ばれるようになる。

全員集合出演中

ザ・ドリフターズ 「八時だよ!全員集合」 出演中

虹をわたって/天地真理 (1972)


真理さんの部屋04

アイドル真理さんの部屋

 この部屋は、著書「スリムになるってステキなことネ」での告白から推測すると、ご本人の居所を知られないための身代わり部屋、すなわちスタイリストさんのおへやでしょうか。若き日のミニスカートの真理さん。御足も意外に長くて(マリさん失礼!)、グッとくる素晴らしい美脚です。
 おっと、ここで真理さんに御足でこずかれるパンダになりたいと言っている師匠は、どなたでせう?  
 

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BL 16. 1970年代の歌謡界それはアイドル黄金期


 1970年代は、欽ちゃんこと萩本欽一の人気番組「スター誕生」からうまれた森昌子、桜田淳子、山口百恵のいわゆる「中三トリオ」、キャンディーズ、ピンクレディーという現在でも日本中の国民に知られる、超人気のアイドルが誕生し、活躍した時代でした。

恋する夏の日1973.11_01

 元祖アイドル「まりちゃん」 第4回日本歌謡大賞(1973) ”恋する夏の日”
天地真理( 恋する夏の日)
恋する夏の日 天地真理 1973年 日本歌謡大賞

【中三トリオ】
 天地真理が初代「国民的スーパーアイドル」として、1970年代前半を走りぬけた後を、14歳の若き中学生三人組は、各々の個性を前面にだして、歌やTV番組、映画女優として活躍した。
 森昌子は、天地真理の生誕(1951年11月)から7年後、1958年10月生まれ。1972年7月、ホリプロから「先生」でデビュー。その歌唱力を美空ひばりに見いだされ、自宅で歌の指導を受けたり、泊めてもらったり、大変にかわいがられたことは有名。当時の歌手のモノマネも見事で、若くして傑出した歌唱力でした。悲しみ本線日本海など名唱があり、1986年、森進一との結婚を期に引退。離婚後、長いブランクであったが、2005年歌手として復帰した。

  hirosi1013さん ものまね10連発 森昌子

  帰って来た森昌子/立待岬 (昭和57年)

 桜田淳子は1958年4月14日生まれ。1973年2月、サンミュージックから「天使も夢見る」でデビュー。愛くるしい歌を歌う、最もかわいらしく美しいアイドル(秋田美人)だった。その後女優としても好演をしたが、1992年、一般人(新興宗教会員)との結婚を期に引退をした。

  桜田淳子を語る 貴重な映像有り みのもんたvs天地真理

 山口百恵は1959年1月17日生まれで、三人のうち最も若かったが、天地真理と同様に母子家庭で育ったからか、最も大人びていた。1973年5月、「としごろ」でホリプロからデビュー。当初は、若者の性を連想させる歌詞の曲もあり、社会的にも話題となった。プレーバックpart2など、肝っ玉の据わった恋愛心を歌い、迫力があった。また、さだまさし作曲のコスモスなど、しっとりとした情感も表現した。映画では、青春と恋愛をテーマに、潮騒や赤いシリーズに、青春二枚目スター三浦友和と連続出演した。1980年、三浦友和と結婚、引退したことは有名である。

  山口百恵 青い果実

  山口百恵 特集

  秋桜 山口百恵 コスモス

 中三トリオは、高一トリオ、高二トリオ・・・と成長していくわけだが、そのことはさほど話題ではなく、各自の独自の歌の世界やかわいらしいアイドル性が国民大衆に広く受け入れられた。

【キャンディーズ】
 キャンディーズは、ランちゃん(伊藤 蘭)、ミキちゃん(藤本美樹)、スーちゃん(田中好子)からなる三人組で、特に1970年代中期から後半にかけて、学生や若者世代に大変な人気を博した。
 三人は東京音楽学院のスクールメイツであったが、NHKのディレクターによって食べたいくらいかわいいという意味でキャンディーズと名付けられた。1973年9月、「あなたに夢中」でデビュー。「春一番」、「ハートのエースが出てこない」、「微笑み返し」など今でも根強い人気の曲を次々と歌い、学生など若者に絶大な人気を誇った。人気絶頂期に「普通の女の子に戻りたい。」として、1978年4月4日、惜しまれながら後楽園で解散コンサートを行った。
 この後、スーちゃんこと田中好子は、女優として数々の名演を行い、新たな人気を確立したが、2011年4月21日、夫(夏目雅子の兄)および前月に発生した東日本大震災の被災者を思う切ない肉声(録音)を残し、乳がんで死去したことは記憶に新しい。

  ハートのエースが出てこない キャンディーズ 

  暑中お見舞い申し上げます キャンディーズ 1977

【ピンクレディー】
 1976年8月25日のピンクレディー[ミー(現在:未唯mie),ケイ(現在:増田恵子)のディオ]のデビューは衝撃的であった。「ペッパー警部」を歌う。二人は静岡出身のなかよしで、中三トリオと同じく「スター誕生」から生まれた。
 当初セクシーなミニスカートで踊り、大人の雰囲気が強かったが、音楽性も高く、しだいに阿久 悠の作詞によるサウスポー(巨人軍王貞治氏のフラミンゴ打法を表現)、「透明人間」、「UFO」など話題曲を歌い、子供から大人まで、爆発的人気を博した。
 ピンクレディーは、1970年代前半の国民的アイドルだった天地真理、1970年代なかばから後半にかけて人気を博した山口百恵らの中三トリオを超え、高度成長期後半の豊かな時代を象徴するスーパーアイドルに成長したといえる。

  渚のシンドバッド 1977 Pink Lady Nagisa No Sindbad

  キャンディーズVSピンク・レディー 

 人気絶頂期は1977年から1978年の二年間だったともいえるが、過密な歌手・芸能活動で、自分たちの人気も実感できなかった。人気の陰りもあったが、ホテルに軟禁状態で行う芸能活動に疲労困憊し、1980年9月1日解散した。全盛期の活動期間わずか四年と短命であった。近年、再度コンビを復活させ、大人として自律した音楽活動をしていることは、当時のファンにとっても当時を知るわれわれ一般大衆にとっても、大変喜ばしく幸いなことと思われます。

  ペッパー警部/ピンクレディー

 ちなみに、ピンクレディーの熱きファンとみられる方の真理さん研究も優れものです。大変参考になります。

 ピンクレディーファンの天地真理まとめ01

  天地真理さんの研究

   天地真理21才八時だよ001

   虹をわたって/天地真理 (1972)

 ☆写真は「8時だよ全員集合」で歌う天地真理さん。「虹をわたって」はデビュー翌年、二十才のヒット曲。このパフォーマンスはさらに翌年、まだ21才ですが、クラシックなファルセットと化粧、そして歌う時の身のこなしで「色気」がありますね。「真理ちゃん!」と叫ぶ若いファンとセクシーさを感じる青年の指笛、この同居が真理さんの魅力の一つだったのでしょうか。

【南沙織、小柳ルミ子、太田裕美、山本リンダ】
 南沙織、小柳ルミ子は、天地真理と三人娘として名付けられ活動したことがある。ただし、当時も、現在も、三人は独自の特徴、ヒット曲をもち、個性的であり、ひとつにくくるには無理があるように思われる。沖縄の青い海と白い砂浜を想起させる「17才」を歌う南沙織、日本情緒を歌う小柳ルミ子、笑顔と優しさの天地真理。
 特に、小柳ルミ子は天地真理との共演も少なくないが、天地真理のひとりじゃないの(シングル売上60万枚)が大ヒットした1972年、瀬戸の花嫁を大ヒットさせた(シングル売上69.4万枚)。「二人はヒットチャートを競うライバル」とする見方もありました。

 Sugi4Geruさん 新三人娘 ロッテ歌のアルバム900回記念

 太田裕美は、1955年1月生まれ。キャンディーズと同じくスクールメイツ出身。1974年11月1日、「雨だれ」でデビューした。1975年、昭和50年、「木綿のハンカチーフ」、「赤いハイヒール」が大ヒットした。

   太田裕美_南風003

   太田裕美  「南風」を歌う(夜のヒットスタジオ)
  
 天地真理は、2012年、新しいファンクラブのHPで、インタビューに答えて、太田裕美および山本リンダ(※)を個人的に親しい友人であるとし、楽しく逸話を語っている。

(※)1951年3月生まれ。1966年「こまっちゃった」で歌手デビュー、後年、1972年から1973年にかけて、高校野球のブラスバンド応援歌で有名な「狙い撃ち」や「どうにもとまらない」など大ヒットを連発した。後に、人気TV漫画の主人公、ちびまる子ちゃんが、鼻歌で嬉しそうに、狙い撃ちのさびを「ウララ♪ウララ♪」と歌い、若者たちにも広く認知され、再度、大人気となる。

 このように、天地真理が連続11曲のシングルをオリコントップ10にいれた1971年「水色の恋」から1974年「想い出のセレナーデ」とそれ以後の1970年代後半は、上に述べた今も語り継がれるアイドルやその他の多くの「きら星」のようなアイドル群(浅田美代子、アグネスチャン、麻丘めぐみ、伊藤咲子・・・)が、天地真理に追いつけ、追い越せと大活躍した大変活気のある特筆すべき時代だったことが分かります。

  1973年レコード大賞新人賞/浅田美代子,桜田淳子,アグネス・チャン他

  1970年代前半 日本初のアイドルは? 花の中三トリオVS新御三家

 トリは、元気で歌唱力抜群だったひまわり娘こと伊藤咲子さんです。デビュー当時の音楽祭受賞時の歌唱、そして最近の太田忠さんの名演でお楽しみください。

  伊藤咲子/ひまわり娘 (1974年16歳デビュー当時)

  ひまわり娘【伊藤咲子】1974.4.20-太田忠(ピアノ)


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BL05.1【冠TV番組】


【冠TV番組】
 1972年から1975年にかけて、テレビで冠番組の『真理ちゃんシリーズ』(TBS系列、毎週木曜日19:00-19:30)を担当し、次の5シリーズが放送される。

 1) 『真理ちゃんとデイト』(1972年10月5日-1973年3月29日)
 2) 『となりの真理ちゃん』(1973年4月5日-9月27日)
 3) 『とび出せ!真理ちゃん』(1973年10月4日-1974年3月28日)
 4) 『アタック真理ちゃん!』(1974年4月4日-9月26日)
 5) 『はばたけ!真理ちゃん』(1974年10月3日-1975年3月27日)

 内容はおもに人形たちとともに天地が童話等を題材とした小歌劇を演ずるというものであった。天地真理は自身、ラジオ番組で子供が好きと語っており、そのやさしく明るい「歌のお姉さん」として当時の低年齢層視聴者の人気を独り占めにした。

   冠番組005

   ATOZ2012さん「真理ちゃんとデイト」オープニング



 天地真理プレミアムボックス2006・・・・DISC1(DVD)
 真理ちゃんシリーズについて

 天地真理が一世を風靡した1970年代前半は、カラーテレビが急速に普及した時代である。その普及率は70年には20%台だったが、天地がデビューした71年には40%を超え、人気が爆発した72年には60%台に、そして絶頂期の3年には80%近くへと、‘‘真理ちゃんブーム”と比例するかのように飛躍的に伸びていった。カラフルな夢の世界を歌って国民的アイドルとなった天地真理は、まさにカラーテレビをステージに成長したと言えよう。デビュー作のTBSドラマ「時間ですよ」が、天地の登場した第2シリーズからカラー化されたのも象徴的である。

 そんな天地真理にとって、代表作と呼べるテレビ番組がTBSの真理ちゃんシリーズだ。アイドルの名を冠したバラエティー番組のルーツとも言え、毎週木曜日19時というゴールデンタイムに全国放送され高視聴率をマーク。30分という放送時間に歌とメルヘンの世界を凝縮した構成が、子どもたちの圧倒的な支持を得たのである。2クールごとにタイトル、内容をリニューアルしながら実に2年半も続く人気番組となった。DISC1では、この真理ちゃんシリーズでの歌唱映像がふんだんに楽しめるが、ここではシリーズ5作品を簡単に紹介しておく。

 〇真理ちゃんとデイト
(1972年10月5目~1973年3月29日放送)
 石森章太郎(後の石ノ森章太郎)がキャラクターデザインを手がけた人形とともに、楽しいおしゃべりと、オリジナルや童謡を中心にした歌を披露するバラエティーショー。ゲストはザ・ドリフターズ、いしだあゆみ、南沙織、沢田研二、布施明、ちあきなおみ、堺正章、井上順、萩本欽一ら多彩な顔ぶれ。阿久悠十小林亜星が書き下ろしたテーマ曲は04年、渡辺音楽出版のレーベルから出た「ゴールデン・タイム1~TVバラエティ・ヒットパレード~」でCD化された。

 〇となりの真理ちゃん
(1973年4月5日~9月27日放送)
 ちびっ子たちの絶大な支持を受け、第2シリーズは人形に加え子どもたちと共演する“ミュージック・ホームドラマ”へと装いを一新。共演の子どもたちは公募によって集められたが、オーディションには全国から1万人以上の応募があったという。合格者は当初6人の予定だったが、審査に立ち会った本人の希望で倍の12人に増やされた。「ピアノの先生か幼稚園の先生になりたかった」という子ども好きの天地真理らしいエピソードである。テーマ曲は福田陽一郎と宮川泰が担当した。

〇とび出せ!真理ちゃん
(1973年10月4日~1974年3月28日放送)
 第3シリーズの特徴は、何と言っても楽しいミュージカル童話劇。「白雪姫」「青い鳥」「シンデレラ」「眠りの森の美女」「ほらふき男の大冒険」「小公女」「家なき子」「鶴のおんがえし」「アルプスの少女」などを、森田健作、江利チエミ、谷啓、ハナ肇、にしきのあきら、布施明らのゲストとともに週替わりで繰り広げた。テーマ曲は山上路夫+森田公一コンビが手がけている。天地真理の新曲をいち早く聴けるのも、このシリーズの魅力であった。

〇アタック!真理ちゃん
(1974年4月4日~9月26日放送)
 シリーズ中、最もバラエティー色豊かな作品。基本的に公開録画という初のスタイルで、生演奏の迫力や客席とのふれあいも重視した構成となった。歌のゲストに加え、桂三枝、あのねのねらも出演。コミカルな演出も施されたほか、天地真理のドラムと小柳ルミ子のダンスの共演など、この番組ならではの趣向を凝らした企画も披露されている。
 ジャンボな着ぐるみ・ヌー坊も人気を呼んだ。テーマ曲は阿久悠と森田公一によるオリジナル「あなたとともに」。

〇はばたけ!真理ちゃん
(1974年10月3日~1975月3日27日放送)
 シリーズ最終作は、天地真理のその後の方向性を予感させるミュージカル仕立ての構成となった。それまでの幼い童話劇とはひと味違い、題材は本格的な世界名作文学。「赤毛のアン」「秘密の花園」「あしながおじさん」「森は生きている」「雪の女王」「若草物語」「ピーターパン」といった物語をいききと好演した。相手役は西條秀樹、高岡健二、仲雅美、志垣太郎らが務めている。テーマ曲は伊奈洸、井上忠夫(後の井上大輔)による「新しいともだち」である。

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Author:hatogairu kouen
明るき癒しの歌声、天性のファルセットを紹介し、悩める日本人を応援します。

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